2022年12月に発売を開始した環境米「三間のせせらぎ」「鬼北のせせらぎ」は、広見川の濁水を防止するために、代かき前に石膏資材を撒いて作られたお米だ。(販売開始時の状況はこちら)
これまで、愛媛県の広面川農業排水対策協議会(以降「協議会」)が、実証実験を通して石膏資材の有効性を示してきた。農家にも使ってもらい、濁水問題を解決しようとしている。
しかし、資材の費用をどう賄うか、作業に見合ったメリットが得られるのかという課題があり、取り組みが広がっていなかった。
その解決策として、費用を売価に転嫁し利益率を高めた環境米の販売が考案され、1㎏あたり600円で「鬼北のせせらぎ」「三間のせせらぎ」の販売がスタートしたのだった。

その後の状況を3人の方に伺った。
1人目は、協議会元会長で、長く取り組みに関わり、高知県に隣接した町として協議会を引っ張る 松野町農林振興課の小西亨課長。
2人目は、大規模に農業を行いながら三間地域の三間米を拡げ、濁水対策にも精力的取り組む農家 渡辺吉男さん。
3人目は、鬼北町で環境に配慮しながら大規模に農業を営む あう農園の有田豊史さん。
1広見川流域の農業を取り巻く課題
深まる就農者不足問題
広見川流域では、三間地域をはじめ広い圃場で盛んに稲作がおこなわれている。
この地域で濁水対策がなかなか進まないのにはいくつもの理由がある。

濁水を止めるより、田んぼを作る人がいなくなってしまう方が早いかもしれません。
現状では1人が耕作を辞めると大きな面積の耕作放棄地が広がってしまう。
今までは町内で協力してなんとかしてきましたが、既に多くの担い手が耕作面積の限界に達していて手が回りません。
草が刈れない、水管理ができない。来年度からは大規模事業者に任せます、となる。
そうしないと農業自体が持続できないのです。
一方で、地域としては雑草だらけにされても困るので、ちゃんと管理はしてもらえるのかという懸念があって、簡単には進みません。
今は現況を維持することで精いっぱいです。
この2~3年は特に担い手不足が加速し、このままでは地域がつぶれます。


10年たったら農家の80%がいなくなる。
人数が減ったら、上から下まで同じ人の田んぼだったらいい。水を排水路じゃなく直接下の田んぼにおろしたら肥料分も流れんしいいと思う。
そこまで考えて百姓する人が残るかと言ったら、そうはならない。田んぼをやる人がいなくなったら、全部を大きい会社が抱えて、時間と仕事に追われる仕事になる。
農家にとっては先祖代々の大切な土地。
この辺りの米作りで欠かせないため池を直すことになって、それに1億円かかり、住民も5%払わないといけない。農地だけ残している地権者にも払ってもらわなければいけないが、取り合ってくれない。
土地を守ってきたのに、今では邪魔者扱い。農家は絶滅危惧種。


有田豊史さん
毎年、5haほど耕作面積が増えていく。
それが4~5年前から恐怖で、それに備えて(手間のかからない)直播きを続けてきた。
労働時間が短くなるから効率が良いけど、年によってカラスの食害もあり、収量の変動が激しい。それでも、直播の技術を構築しないと、絶対に今の耕作面積を守れない。
今の米価では、100haに増えても雇える従業員は7人まで。実働は5人。
高品質ハイブランドを30haにしていく、今の人数と面積で、飼料米だけ、受託だけなど、やり方はあるけど、会社の理念と反するからそれは難しい。
利益をあげて続けていくには苦渋の決断がいる。そこで、エリアを決めた。他は地域内で頑張ってもらいたい。
地域にこんな人間が何人か出てくれれば、人の貸し借りもできるし協力できるのに・・・。

新規就農者がいないことで、耕作放棄地が増える。それを回避しようと、多くの人が限界にきている現状。
大規模農家が参入するにも、地域との関係構築の難しさ、管理の煩雑さから簡単には参入を決められない。
そんな状況下で、現状を必死に維持しようとしている。
それでも濁水を止められるのか
農業と地域の持続が厳しい状況にある広見川流域。
四万十川へ流入する濁水がとまらない現実も問題として残る。
生業をたてよう、地域を守ろうと奔走する中で、皆さんは濁水問題をどう捉えているのだろうか。
小西課長

市町を越えて様々に検討しましたが、農家負担を減らす方法を見出すことができませんでした。
その結果、単価を上げて米を売ることになり、販売力のある大規模農家さんに頼みました。渡辺さんやあう農園さんが「やってみましょう」と言ってくれているから、前に進んでいます。
渡辺さんとあう農園さんでは販売方法が違うので、行政の担当がどう考えて取り組むかが重要です。お二人のイズムを行政もしっかり受け取らなければいけません。

農家の皆さんの協力があってこその濁水対策ですね。

濁水の背景には農家の厳しい現状があります。
それでも濁水に違和感を持つ人がいるのなら、お互いのために努力すべきだと思ってずっと取り組んできました。
愛媛の努力と高知側の妥協点がどこにあるか。活動を続けていく中で着地点を見出さないといけないと考えています。

濁水は止まるでしょうか?

この石膏資材の取り組みが広がっていけば、濁水の元は少なくなる可能性はありますが、ゼロにはなりません。努力を続けていくしかないと思います。
解決に向けて取り組んで20年、30年近く経つのに、同じことを言われ続けています。抜本的な解決策があるのなら、多額の費用がかかろうともやってみようと思いますが、効果的にできるものがありません。過去に、大量の炭を敷き詰める話もありましたが、費用にあうほどのものではありませんでした。
そのような模索を続けて、やっと、石膏資材投入という一番理にかなったものが見つかったのです。

渡辺さん

最初は、南予地方局の山本さんが協力してほしいと11月頃にやってきた。
「稲刈りもすべて終わっているのに、今からからやるなんてそりゃないやろ。」と言ったが、何とか自治体に頼んで、池の水を流して実験した。
そもそも興味を持っていたからやったこと。
7~8haの米作りをしているからには、行政からの要望を聞くのも務めだと思った。
正直、大変だったしお金にもならん。
でも、話を聞いて確かに濁水を防げそうだと思った。

大変な作業だと分かりつつ、濁水を止めるために協力してくれたのですね。

俺らは、田んぼを作らないといけないし、水も汚したくない。
ある程度の面積が俺の田んぼになったから、水を有効活用するために、隣り合った田にはパイプで水を通すようにもした。
そもそも、先祖代々肥料をやってつくった良い泥を流したくない。

先祖代々の土地を懸命に守ってきた農家さんは、
水も泥も流したくないのですね。
しかし、濁水は今も流れています・・・

都会の人は癒しを求めて四万十川に来て、地元が川を汚しているというが、土地や地域を守る俺らの厳しさを知らない。申し訳ないけど、それを言う権利が都会の人にあるのか?と疑問に思う。
農家が行き詰まっている時代に、濁水防止や観光資源を守ると言われても、農家が「知りませんよ」とそっぽ向いたら、行政の間で話がうやむやになって、現実を見なくなる。個人的にやれる範囲で全面的協力は当たり前だと思っているけれど、おそらく、三間の農家で真剣にやってみようという人はまずいない。
将来、俺の農地をそっくり受け入れる若者がいたとして、本業を立たせることが難しいのに、同じようにやれとは言えない。
有田さん

奈良川の土壌は砂混じりだが、三間川は粘土質。農家は同じよう作業をしているが、土質が違うのだと思う。濁った川だけ見ていると何とも思わないが、合流地点を見るとやっぱりひどいなと改めて気づかされる。
四万十川は日本最後の清流と言われ、高知県の観光資源になっている。生活に根付いているからそう(濁さないでほしいと)言われる。
業種が違うだけで生業としては農業も観光業も一緒だから、迷惑をかけているのであれば改善しなければいけない。「それどころじゃないこの時期は」と言うのは言い訳にすぎない。観光客に「水が濁っているからGW以外で来て。」なんて言えないでしょ。
協力できる方法があればやりましょうよ。続けてそれが広がったら良いと思っている。

2 あう農園さんの取り組み
あう農園さんは、鬼北町を中心として70haの田んぼと果樹を栽培する農業法人で、現在4名で作業を行っている。自社の米を使った加工品を製造する加工所兼直売所「田わわ家」も経営する。
販売状況とドローン散布
あう農園の有田豊史さんに「鬼北のせせらぎ」の売れ行きを聞くと、1年で2㎏用シールが250枚、5㎏用250枚がなくなったという。1㎏600円なので100万円を超える売り上げになっている。
有田さんは石膏資材の散布を肥料散布用に購入していたドローンで行うようにした。

圃場の土質によっては石膏資材を入れすぎると土が固まることもあるため、散布量の調整が必要だが、ドローンのキャリブレーションに時間がかかるので、10aあたり20㎏で統一して撒いている。
広見川農業排水対策協議会にドローン散布を提案したことがきっかけで、今年は松野町でドローン散布の実験を10aあたり3000円で行うことにもなった。
なぜ取り組みに参加したのか
あう農園さんには「 この美しい故郷を守る。それが僕らの目指す農業の道。 」という理念がある。
四万十川に濁水を流さないようにすることが、この理念に沿っているから、手間がかかるし大変でも協力しようと思ってくれた。

9年前から未利用魚の魚粉を有効活用し、地域循環型農業を目指してやってきた。(濁水対策は)物語として一緒。廃棄されるものを利活用して、山の土壌に戻して、浄化された水を海に戻す。海に戻す水が濁っていない方が良いでしょ。
濁った水がたまに流れるから鰻や魚がとれるという人もいる。それも正解。
だけど、下流には濁り水で困っている人もいる。じゃあ、きれいな方に行きましょう。
人間のしたことで自然界の流れが変わってきているけど、昔の人が今生きているわけではない、今の人が昔に行くわけではない。現在の人が困っていることを解決した方が良い。じゃあ、今これかなと。
販売宣伝力!
あう農園では、オリジナルブランドの「田わわ」、石膏資材を使って濁水軽減に取り組んだ「鬼北のせせらぎ」を販売している。
知人にお米を販売することから始まり、口コミで広がって今がある。知人経由の個人販売が主になっており、他にはふるさと納税や社内用のカタログ、道の駅等で販売しECサイトは持たない。地域循環型農業を目指して作った自然環境米を知ってもらうことに力を入れている。
「鬼北のせせらぎ」シールを再注文するときに、2合3合用のシールも新たに注文した。軽く小さいので気軽に持ち込めるサイズだ。百貨店への販売、海外への販売、試供品に広く使っている。


日本のお米でハイブランドは1割も無い。飼料が2割。7割が中食外食なので、売価の高いものを持って行くと通用しない。
出来上がったものの品質価値によって、どこに販売するかが一番大事なこと。販売価格は1kg当たり300円~800円と幅広いので販売先を明確に区別する。
環境米は味が特別違って美味しいか?というと、そんなに変わったものじゃない。取り組みを応援していただきたい、ストーリーをお金に換えてくださいというだけ。
「これを手に取って食べることで、四万十川を汚さない取り組みに参加したことになるので、その認識でお願いします。」と伝えている。取組みを説明して、理解、納得、共感してもらえたら買ってくれる。宣伝をしていくうちに、興味をもつ人に絶対出会える。
美味しいものは当たり前で、さらに美味しい付加価値も誤差。物語のないものにブランディングは無理。
3 目指す姿
あう農園さんのこれからを見据えた話が皆さんの声を代弁しているように感じた。

僕らの取り組みはごく一部で、全農家に広がらないと意味がない。最初はあんな高くつけて売れなかったらどうする?とやっかみばっかりだったけど、拡げていくためには、続けること。
ある時協議会の人が来て、『どんな支援ができますか』と聞かれた。例えば、ドローンで撒く費用を分担するとか、業者を呼んで補助すること。まず何よりも農家の直面するハードルを下げられるようにしたらどうかと伝えた。
それがきっかけで、今年は松野町でもドローンで石膏資材を撒いてくれと依頼があった。その時期は忙しいのにと思いつつ、取り組みが拡がるのであればと思って請け負った。
メリットは、売値に転嫁できるので所得向上。実際、利益率は高い。
デメリットは資材購入費と撒く労力。
必然的に価格をあげないと活動ができないし、気持ちがないとできない。(これがゆくゆくは)特別なものという意識じゃなくなればいいと思う。『広見川水系の農家は当然やっていますよ。』というのが、最終的にベストな状況。
石膏資材を撒きたい農家が動きだせるサポートをするのが行政や協議会だと思う。
ドローン散布をできる人も、受託作業のアイテムの一つとして受け入れたらいいんじゃないかと思う。
石膏資材は(購入のロットが)増えたら、運賃が入っているからどんどん安くなる。農家さんに広がって、スタンダードになれば良い。何年後何十年後になるかわからないけど、やめたら終わりでしょ。
1kgあたり100円高いだけ。べらぼうに高いわけではない。お米を買うお客さんには、意味を理解したら、『応援しましょう』とお金を出せる別の財布があると思う。
これからも続けていこうという気持ち。もちろん、続けます。
今年初めて、松野町でもドローン散布の実験が行われる。
この結果次第で、松野町の農家も取り組みに参加するようになるかもしれない。
あう農園さん以外にも、ドローン散布できる人がいるので、その人に委託散布することも視野にあるようだ。
石膏資材を撒きたいという農家が手をあげたらすぐにできるような仕組みができるかもしれない。
あとはストーリーを上手く伝え、販売できる自然な循環ができれば、利益率は高いので、農家の所得向上にも一役買うことができる。
4 三間の農家と西土佐の農家が交流
渡辺さんは道の駅三間 米部会の会長をしている。
部会の研修として、西土佐地域の米農家「四万十山間米組合*」の皆さんと交流をすることになった。
圃場の面積や環境は全く異なるが、同じ水系で米を作る農家同士の交流はどんな場になったのだろうか。
*四万十山間米組合:四万十川中流域の西土佐地区、そこに流れ込む5つの支流沿いの田んぼで丹精込めて育てた”ヒノヒカリ”=山間米を作る農家の組合。(四万十山間米組合HPはこちら)

(交流してみて)良いなと思った。西土佐は規模的には小規模。
中脇裕美(山間米を販売する「山間屋」の代表)さんのアイディアはすごいなと思った。
お互い同じ条件での米作りはできない。それぞれ独自のやり方と考え方があると知り、ずれがわかったらそれでいい。
狭いところであれだけの米を作るのはすごい。
模索して勉強して、その結果何とかなるようになるのが俺ら農家にとってものすごい大事。悩みは一緒。農業被害と担い手に行きつく。
西土佐の農家も三間地域が水不足で108つものため池で米作りをしているとは知らず、驚いていた。
話が直接出ることはないとはいえ、濁水問題の当事者同士が話をするのは勇気がいるだろうと思ったが、渡辺さんの発案で交流と言う名の飲み会にこぎつけた。
楽しい飲み会の席には山間米でつくられた「山」という日本酒も登場し、高知でおなじみの差し合いがあったのは言うまでもない。
全員が真っ赤な顔になって笑いながら、「山」を飲み干していた。


同じ百姓だからわかりあえた。やっぱりそういうところ。
どうしたら農家で生きていく方法があるか?西土佐には良いアイディアがある。
昔を振り返ると西土佐と同じ小さい棚田でやっていた。草刈りする面積の方が多いとか。たまたま生まれが三間で広いだけ。同じ話ができる。
川をきれいにする以前に、農家には田んぼを守る意識がある。
5 四万十川と広見川を考える
濁水を止めたい想いは共通だが、流れてしまう濁水の原因と背景には課題が山積み。
石膏資材投入と環境米の販売は、やっとたどり着いた一筋の光だった。
農業の担い手不足が深刻な状況にある今、取り組みを進めたいが、他の農家に協力を仰ぐことが難しい現状が続く。広見川流域の人々だけに解決を任せるのではなく、現状を理解し四万十川全体で協力することができないか。
四万十川流域にも美味しいお米と想いを持った農家がたくさんいるけれど、「鬼北のせせらぎ」「三間のせせらぎ」が持つ背景が伝わり広がってほしい。
農家同士が酒を酌み交わしたように、四万十川流域のお米と広見川流域のお米が仲良く店頭に並ぶ日が近いと願う。