湿地帯造成地と佐竹孝太さん

今回の清流通信では、四万十町でショウガとお米を生産している佐竹ファーム・佐竹孝太さんの、「 農業から四万十川の再生を目指す取り組み 」をご紹介します。

孝太さんの生い立ち

ショウガの生産は、孝太さんの父・巖さんが20代で始め、40年以上続けている。現在でこそ、四万十町のショウガ生産量は県内はもとより、国内でも第1位を誇っているが、巖さんが始めた当時は、町内にショウガ生産者はそれほどいなかったようだ。最初は10aくらいの規模で始め、現在は3.5haにまで拡大している。

孝太さんは、小学生の頃からショウガの収穫作業をよく手伝いしていたそうだ。巌さんがショウガの仲買業を始めてからは、巌さんと一緒にトラックで集荷作業も手伝ったという。取引先農家のショウガ畑の周りには、約20kg入りのショウガが何十袋も置いてある。それをトラックに積み込み、卸業者まで届けた。思い出は、仕事帰りの深夜、父と食べるラーメンが美味しかったこと。重労働の後で、体に沁みたそうだ。

子どもの頃からそんなだったので、今では、ショウガ収穫シーズンの長時間労働も平気だそうだ。15~16時間労働は当たり前で、夜遅くなるとショウガを集めながら「ああ、星が綺麗やな。」感じる事もあるそうで、余裕を感じる。

NBSの導入:農業排水を浄化する湿地帯

2025年3月初旬、四万十市と四万十町で、生態系総合研究所の小松正之代表らが中心となって国内外の科学者ら12人が登壇した「四万十川NBS国際シンポジウム」が開催された。孝太さんも登壇した一人だ。

アメリカで広く取り入れられているNBS(Nature Based Solution)とは、「自然の力を活用しながら生態系と人の生活のいずれにも利益をもたらす」取り組みの事だと言う。シンポジウムでは、このNBSを四万十川流域で広く展開する提言がなされた。

漁業関係者をはじめ、流域住民からも、「四万十川の魚やノリが減った」という声を頻繁に耳にするが、小松代表らが行った水質調査によると、四万十川下流に濁度の増加と貧酸素水塊が拡大している可能性が指摘された。こうした四万十川の水質を改善するための一つの有効手段として、アメリカの河川流域専門の科学者から、農地から流出する水を処理するために湿地帯を造成する事が提言され、その実現を目指して一足先に応じていたのが孝太さんだった。20aのショウガ圃場内に5aの湿地帯を造成し、圃場から出る農業排水を一旦湿地帯に引き込み、植物やバクテリアや自然素材の構造物によって段階的に浄化される仕組みを創り出すことを決めた。

佐竹孝太さん「2021年に小松正之先生と出会い、アメリカの事例やNBSの考え方を紹介してもらった。僕らの農薬・肥料を使用する慣行栽培は、水分が多くなるとショウガが病気になりやすいので、いち早く排水する必要があり、しかも排水路がコンクリート3面張りで、流した水が河川へ一気に流れ出す。冷静に考えたら、僕らの産業は、確かに川を汚していると受け止めなければならない。川のお陰で僕たちも暮らしていけているし、今すぐには変われないかもしれないけど、変わろうとする意志が大切だと思っている。」

湿地帯には石や木も置く必要があり、植物が生えないといけないので稼働するのはまだ先だ。まずは研究者らと共に植物の選定からだという。休耕田から、植物の種が含まれる表土を剝ぎ取って移入する案も浮上している。

湿地帯の隣には圃場内から集められた石が並んでいた。

湿地帯には常時、水が流れる状況を作らなければならない。稲作シーズンは、隣の田んぼから引き込み、かけ流していく予定だ。代掻き時の濁水も、湿地帯に入れて濁りを引かせる。課題は冬場の水の確保。さらに湿地帯造成地の下には砂利層があって、水がたまりにくい構造になっている。やってみないとどうなるか分からないが、一歩ずつ取り組んでいるそうだ。水が常時溜まるようになったら、魚も飼いたい。そうなったら子供達にも見てもらいたいという。

湿地帯造成地に流れ込んだ雨水は、現在は地下に浸透している

課題はたくさんあるが、孝太さんからはNBSをライフワークにしようという覚悟が垣間見える。

佐竹孝太さん「今後、様々な分野の研究者や専門家が継続的に入ってくれる事が一番大事。データの蓄積や検証期間を含めると、成果として現れてくるのは10年後かもしれない。その期間、継続的にNBSを続けていくために、どうやって資金を調達するか、それが一番の課題。現在は小松代表がいろいろなところから予算を引っ張ってくださっているが、次の圃場で、自分たちで、取り組むときにそれが出来るかどうか、それが本当に大変。拡がりという面では、共感して一緒に取り組んでくれる人を見つけ、チームになっていく事も大事だと思っている。NBSを人生の中に取り入れてくれるような機運を高めていく事が大事だと思っている。僕が1枚の田んぼで取り組んだところで、0.00001%未満なので、人と人の繋げ方や継続の仕方を勉強しなければならないと思っている。」

気温と雨量を測る計測器

孝太さんは、こんな感性の持ち主

湿地帯が造成されている圃場では、ショウガの新しい栽培方法にもチャレンジしている。孝太さんが目指しているのは、たとえ農薬や肥料が手に入らなくなったとしても持続可能な農業。慣行栽培の技術は保ちつつ、農薬や肥料に頼らなくてもショウガを生産できる技術獲得を目指す。

孝太さんの畝は写真のように草だらけ。地域の人から「何しゆうが?」と不思議がられているという。通常、慣行栽培のショウガ畑は土壌消毒を行い、草が1本も生えない「綺麗」な畝にショウガを植える。ここで作るショウガは、草を生やして、畝に漉(す)き込んで、ショウガを植えて、どうなるか試してみるそうだ。農薬や除草剤も使う予定はないという。

たとえショウガを植えた後に草が生えたとしても、そもそも草が生えることが悪い事なのか、土の上に単体の植物があるのは自然な状態ではないと考えている。植物同士が共存するうえでは、いろんな草が生える必要があるかもしれないと言う。

さらに、草を残した状態でショウガを植えてみる事も考えている。大きなショウガは出来ないかもしれないが、草が水分を貯めるから猛暑には良いかもしれない。ショウガしかなかったら水をいち早く切る必要があるが、草がある事で水分を吸ってくれる。数量は取れないかもしれないが、それでもやっていけたらそれでよいという。

最後に孝太さんが重要な事を教えてくれた。良い土壌には、微生物がたくさんいて、その微生物達は植物と共存の関係にある。植物は光合成により二酸化炭素を吸収し、炭素化合物にして根に送り、微生物に渡す。微生物は代わりにミネラルを与える。こういったプロセスの中で、微生物は粘着性の炭素化合物を生み出し、フカフカな土にしていく。こうした微生物によって、固定された土は、隙間があり空気や水は通すが、土が粒子になっていて溶け出さない。そういう土は、実際に水に入れても溶けないという。農薬や過度な耕耘で微生物相が破壊された土は、水に溶けていくそうだ。よって慣行栽培圃場の土は、雨が降る度に溶けだしているのだという。

孝太さんの驚くべき探求心もさることながら、取材中、印象に残っているのが、畝に生えている草を見て「何か植えてるねっていうくらい綺麗に草が生えてるね!」とちょっと嬉しそうだったり、そこに飛んでいる蝶々を見て「ほら、蝶々も嬉しそう!」とか、孝太さんは、そんな素敵な感性の持ち主なのだ。だから、自分たちの農業の現実を受け止め、四万十川のために立ち上げれたのではないかと感じた。今後も孝太さんの取り組みを追いかけていくので、お楽しみに。

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