NHKの朝の連続テレビ小説で、高知県出身の植物学者、牧野富太郎をモデルにしたドラマが制作されることが発表され、県内で大きな話題になっている。牧野富太郎博士といえば「日本植物学の父」とも言われる権威だが、四万十町にも植物調査に訪れたことがあるそうだ。そんな牧野先生ともゆかりのある四万十町で、先生に負けないくらい植物を愛している人がいる。「遠山を守る会」会長の池田十三生さんだ。池田さんは、四万十町の植物に詳しく、その保全に力を注いでいるが、今回は池田さんが特に力を入れている四万十町の遠山と、「遠山を守る会」について紹介する。

遠山を守る会 会長の池田十三生さん

遠山ってどんなところ?

 遠山は四万十町の南側に位置しており、水田が広がるのどかな地域だ。実は、遠山は高知県内に3か所しかないという湿原の1つであり(他2つは土佐市の蟹ヶ池と仁淀川町のから池)、ミズトンボやモウセンゴケなど、多種多様な湿原性植物が自生しているとても珍しいところなのだ。加えて、高知県では遠山でしか確認されていないという高知県の絶滅危惧IA類に指定されているハシナガヤマサギソウなど、絶滅危惧種21種を含む473種の植物が自生している。まさに希少植物の宝庫なのだ。また、さまざまな種類のトンボがみられるほか、キツネやアナグマなどの動物・昆虫も数多く生息している。もともとこの場所は大正時代に田んぼとして利用されていたそうで、今でも棚田のような地形が園内に残っている。しかしその後耕作放棄地となり、湿原の存続が危ういほどにまで荒れてしまっていたところを、遠山の貴重な環境を守ろうと、四万十町が平成21年に14haを買い取り、現在約9haを「遠山自然観察園」として管理している。その管理を任されているのが、「遠山を守る会」だ。

遠山を守る会

 遠山を守る会は町が遠山自然観察園管理の管理を決めたことで、平成23年に発足した。町からの補助を受けて、主に観察会や野焼き、お正月のどんど焼きに加えて、地元小学校と連携して間伐や植樹などの体験学習も行っている。会長の池田さんを筆頭に6人のメンバーで構成されているが、牧野植物園とも連携しており、活動の際には植物園のスタッフにも参加してもらっているそうだ。年に数回行われる観察会では、一般の参加者を集め、メンバーがガイドをしながら、その時期に見られる遠山の植物を観察している。参加者は高齢の方も多いが、普段では滅多に見られない植物が説明付きで観察できるとあって、毎回多くの参加者が集まり、リピーターも多い。四万十町では遠山のほかに、大正の中之島にも希少な植物が数多く自生しており、そちらでも観察会が行われるそうだ。
 また、毎年2月には草花の発芽を促すため、草刈りと野焼きを行っている。これは一般にボランティアを募って行っているので、興味があればぜひ参加してみてほしい。

野焼きの様子

保全活動

 遠山を守る会では、観察園の整備などさまざまな保全活動に取り組んでいる。町有地としての管理が始まったころには、敷地内の草刈り等の整備の他、植物の生態調査、遠山の環境調査を実施し、その保全方法と観察園の整備方針について協議した結果が、現在の活動のもとになっている。この調査で絶滅危惧種が多数確認され、遠山の貴重性が明らかになった。調査については、牧野植物園で報告会として展覧会を開催し、遠山で確認された希少な植物の写真を展示したという。現在も観察会を通して植物の確認を行っているほか、裏山の整備や歩道整備を行っている。

池田とみたろうこと池田十三生さん

 会長の池田さんは、四万十川上流淡水漁協の組合長を務める傍ら、四万十町の観光協会のトップ、文化財保護審議会の会長、さらには財団の四万十リバーマスターとしても活躍している四万十町でかなり引っ張りだこな人物。釣りと植物と歴史が大好きで、窪川の歴史にもとても詳しく、観光客に窪川の街をガイド付きで案内する四万十あちこちたんね隊の代表でもある。なかでも植物に関する知識量が豊富で、四万十町内のどこに何が生えているかまでほぼ知り尽くしているのではないかと思うほどだ。ちなみに、財団では牧野富太郎にかけて池田さんを「池田とみたろうさん」と呼んだりしているが、植物について何か知りたいことがあるときは、まずは池田さんに連絡するというほど、四万十町で植物といったら池田さんだ。そんな植物博士な池田さんが植物に興味を持ち始めたのは、子どものころだったという。

この日は高知新聞の取材も一緒でした。池田さんは最近新聞にもちょくちょく登場しています。

「子どものころからとにかくいろんなことが好きでしたね。魚釣りにもいったし、昔は田んぼの水路にウナギがいたのでよく捕まえたりしていました。植物もそのころから好きで、小学生のころには山に生えているシャクナゲをとってきて庭に植えたりもしましたね。もともと叔母が花に詳しく、身近に植物がたくさんありましたから、自然と植物を好きになっていました。それでも植物について勉強を始めたのは、退職してからで、図鑑をもって調べたり、ボランティアで牧野植物園に行ったり、樹木医の講習を受けたりしました。」

 池田さんが守っているのは何も遠山の植物だけではない。四万十町の貴重な植物を守ることに情熱を持ち、どこかで工事があればボランティアで植物調査に赴き、希少植物の保護を行っている。趣味で植物が好きという人はたくさんいると思うが、池田さんほど個人の趣味にとどまらず、行動力と影響力をもって保全活動を行っている人も少ないのではないだろうか。池田さんの植物への愛情と情熱にはいつも感服してしまう。

遠山の生物多様性を感じて

 最後に、活動を通して伝えたいことを聞いてみた。

「やっぱり子どもたちに生物多様性を知ってもらえればいいなと思います。前まではアニマルカメラを設置して、子どもたちと一緒に動物の観察を行ったこともありました。町内の小学校と連携して体験学習を行っていますから、今後も継続していって、遠山の多種多様な動植物が見られる豊かな環境を知ってもらいたいですね。また、私たちは遠山の植物を後世に残していくことを目的に活動していますから、そのためには遠山にはこんな貴重な植物があるんだということを知ってもらうことも必要です。今は、観察園を一般に公開していないのですが、今後は障害のある方でも気軽に見にきていただけるような場所にするためにも、整備を進めていかなければいけないと思っています。しかし、人手も多くないのでなかなかその整備が進まないのが課題です。湿地のところには木製の遊歩道も設置していますが、だんだん弱ってきているので、そこも新しくしたいですね。また、今まではあまり環境に手を加えることはなかったのですが、来られた方に少しでも楽しんでいただけるように、在来種の数を増やして、見て楽しめる場所にもなればと思っています。なので、今年は少しオニユリの種を蒔いてみました。一面にオニユリが咲いてくれると、見ごたえもあっていいんじゃないかなと思うので、咲くのが楽しみですね。」

 また、池田さんによると近年希少植物の盗掘が多発しており、遠山も被害にあっているそうだ。これは、昨年高知新聞にも取り上げられ、そのなかで昨年は8月までに少なくとも100株以上が盗掘被害に遭い、なかには絶滅危惧種に指定されているものもあったといい、記事の中で池田さんも「保護の努力が台無しだ」と語っている。(『高知新聞』2021.08.23日刊)遠山を多くの人に知ってもらいたいと思う気持ちの一方で、知名度が上がればその分盗掘のリスクも上がってしまう。遠山自然観察園は町がその貴重な環境を守るために管理している場所だ。マナーを守って行動してほしい。でなければ池田さんたちの活動が報われない。

 さて、遠山では今ツツジが見ごろを迎えており、フジツツジ、オンツツジ、ドウダンツツジ(キシツツジは?)を見ることができる。池田さんによると遠山のオンツツジは特に色が濃くておススメなんだそう。8月~10月にかけては湿地性の植物が花を咲かせるため、この時期が一番遠山が活気づく時期だそうだ。5月7日(土)には、観察会も行われるそうなので、ぜひ訪れてみてほしい。

池田さんが好きな遠山の景色。観察園の後ろに数神集落、火打ヶ岳が見える。
遠山を守る会

【事務局】一般社団法人四万十町観光協会
【TEL】0880-29-6004
※遠山自然観察園は一般公開していません。原則観察会以外では入園をお断りしています。

こばなし

 最後に少しだけ小話。遠山への取材の前に、「タンポポを見に行こう」と池田さんがある場所へ連れて行ってくれた。なんでも一般的に生えているものとはちょっと違う種類が見られる場所があるらしい。着いたのは遠山からほど近い藤の川という地区。県内で見られるタンポポは、セイヨウタンポポやシロバナタンポポが一般的で、皆さんがよく見るタンポポもその種が多いのではないだろうか。しかしその地区にはトウカイタンポポという県内ではあまり見られないタンポポが自生している。トウカイタンポポは、その名の通り東海地域でよく見られるタンポポで、セイヨウタンポポと比べて外総苞片が外側にひっくり返らないことが特徴だ。

なぜ、この地域でトウカイタンポポが見られるのか、地域の歴史にも詳しい池田さんが教えてくれた。トウカイタンポポは、高知県では四万十町藤の川の他に黒潮町、梼原町、津野町で確認されているが、この分布は江戸時代初頭、戦に敗れ津野氏を頼って加賀から土佐に入ってきた前田氏が移住したと考えられる地点と一致しているそうなのだ。明治時代、セイヨウタンポポが食用として輸入されていたように、昔はタンポポが食用として育てられていた可能性がある。そこで、前田氏もトウカイタンポポを食料、または健胃剤として持ち込み、それを各地点で育てたことで今でもその土地に根付いているのではないか、と考えられているのだ。実際トウカイタンポポは藤の川にある前田家本家から半径約2㎞周辺でのみ確認されており、藤の川は前田氏が開墾したとの記述が東又村村史にあるのだとか。

「地域の歴史がわかる大切なタンポポなので、ぜひ残っていってほしいね。」と池田さんは話してくれた。

説明板とタンポポ

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