用語が混ざると混乱するので、最初に本記事上の仮定義をしておきます。
①砂利:玉石などの比較的大きな石
②土砂:土木観点からみた石や土、砂の総称
③砂防ダム:正式には砂防堰堤ですが、一般的に使われることの多い砂防ダムで統一します

1「 四万十川がおかしい 」

 最近、「川がおかしい」と聞くことが多くなった。「河原が砂ばかりで玉石がなくなっているし、川の底石が動かずに固まっている。生き物の棲みかがなくなり、エサもなくなり、生物が減っている。」という。今、四万十川の川底はどうなっているのだろうか、流域住民に改めて聞いてきた。

・四万十町窪川 池田十三生さん

 四万十川上流淡水漁業協同組合の組合長でもある池田さんは、川に限らず山や植物にも関心が強い。

「上流と下流では意見が違うけど、こっちの(上流)方は砂が溜まって、目詰まりしそうな小砂利が流れてきている。谷の出口のつまりはひどい。でも、下流の方は砂利がないというね。山で稼ぐために植林が始まり、山が荒れて、治山ダムや砂防ダムができて石の供給を止めてしまった。砂防ダムの上は土砂で埋まってしまい水がない。昔アメゴが上下していて鰻や鮎がたくさんいて良い川だったのに、自然環境を遮断してしまったね。昔はトロだったのに砂が溜まって火振りができなくなったところもあるよ。」

 現在の川の状況は、昔と比べて河床に砂や小石が溜まり続け、生物が暮らしにくい状態になっているようだ。「山に問題がある、人間というバクテリアが森林を食ってしまった。」と池田さんは言う。

池田十三生さん

・四万十市西土佐 武内幸男さん

 武内さんは、支川藤の川流域で暮らしてきた。幼少期には川を遊び尽くし、大人になってからは山師として山の変化を見続けてきた。

「今は川に石がなくなって、ハヤが入るような石もない。昔は30cmくらいの石がいっぱいで、はぐったら鰻が顔を出していた。川がやせてしまった。砂防ダムが50年くらい前から建ち始め、大きな石が流れず下流には砂が溜まっていく。堰堤に溜まっている量はすごい。砂防ダムを1mでも下げてくれたら、川に石が入るだろうと声をあげても取り合ってもらえない。水や土が川に流れていくという自然の原理がある。自然との関りが薄れてしまったから、いくらおかしいと言っても今の人には届かない。」

 武内さんは、暮らしの中で山や川の微妙な変化に気づいてきた。しかし、その異変に対する危機感が伝わらないことにもどかしさや不安があるようだ。

武内幸男さん
藤の川にある砂防ダム

 砂防ダムに溜まった土砂

・四万十市西土佐 金谷光人さん

 四万十川西部漁業協同組合の組合長でもある金谷さんは、土木建設会社の社長でもある。川と土木の観点から話を聞いた。

「今の四万十川の河床は大変なことになっている。砂や泥による目詰まりはひどいもので、上流から大きな石が流れてこなくなった。これでは魚は住めない。土木事業が土砂流入を止めているが、砂防ダムは住民を守るものだから必要だ。災害が起こったときの安心感には代えられない。」
「様々な法律の制限で、道路工事で出てくる石でさえ川にいれることができない。川に入っていくものが何もない状況を人間が作っている。川に必要な岩石はダムから出すべきだ。この辺りでそうしているところはないだろう。この作業を実行するまでが難しいが、みんなで声をあげていきたい。」

金谷さんは、現在の四万十川の状態に限界を感じ、土木事業の方向性を探っている。

金谷光人さん

 また、あるベテラン漁師は「川がやせ、浄化作用がなくなった1番の原因は砂利がなくなったことだ。ここの前の河原(四万十川)に大きい岩が見えるけど、砂利がなくなって見えるようになったんだ。今の河原は、石ではなくて土が溜まって、花が咲いているからね。本当の河原は石の隙間が大きくて根を張れるわけない。石が川に流れる循環がなくなった。昔の浄化作用のある四万十川に戻せるのは今しかない。遅いくらいだ。」と話す。

今の四万十川は砂利がなくなっていることが分かる。その原因として「砂防ダム」というキーワードが出てきた。砂防ダムに関して、「砂防ダムがあるから川に石が入ってこない。土砂がいっぱいで何のためにあるのかわからないし、それなら少しでも切り下げて砂利を川に流してほしい。」と多くの住民が訴える。

 本当に砂防ダムが砂利減少の原因なのだろうか。砂防ダムは安全のために造られていることはわかるが、土砂で「いっぱい」の砂防ダムは役に立っているのか、砂防ダムに溜まった砂利を下流の河川環境のために流してくれないのか・・・。河床変化というと話題に上る「砂防ダム」に焦点を当てて考える。

2 私たちの暮らしを守る砂防ダム

 *高知県土木部防災砂防課及び須崎土木事務所四万十町事務所で砂防ダムについて取材を行った。

 「砂防」とは、土砂災害から私たちの暮らしを守ることだ。この概念は、明治以降、急速な技術発展による自然破壊で災害が頻発し、人命保護・国土保全の必要に迫られたことから生まれた。

 「砂防」には、法面崩壊や道路への落石を防ぐ事業もあるが、中でも砂防ダムは重要な役割を持つ。その役割は、がけ崩れ、土石流、地滑りといったいずれも人命を脅かす危険な災害による土砂流出を調整することにある。

*森林法に基づき山の荒廃を防止する「治山ダム」も、「砂防ダム」と同じく山からの土砂流出を止めている。全体の土砂供給を考える上で重要だが、今回は砂防ダムに焦点を当てるためふれていない。

・砂防ダムができるまで

 砂防ダムは、災害を未然に防ぐために造られる。住民が土砂災害の危険を市町村に訴え、県や国交省間で様々な折衝が行われたのち、建設事業が採択される。

 砂防ダムを造るには、まず、守る対象を確認する。最も優先されるのが人家。このほか、事業の優先度として、道路や学校などの公共施設となる。次に、その流域の特性によって計画の規模を設定し、流出する土砂・流木はどのくらいの量になるのか、現地踏査も含め技術者が算定していく。その後、必要な砂防ダムの大きさと設置場所を検討する。設置場所は、最小予算で最大の効果を得ることを考えるため川幅が狭く、上流側に土砂を受け止められる広がりを持つことがポイントになる。

 土砂流出防止が一番の役割だが、いかに流木をいなすかも大きな課題となる。流木は土砂と異なり軽いため、捕捉できず下流へ流れ被害を与えることも多い。また、流木が水通し断面で大量に堆積し、その上を土砂が越流することもある。その点、透過型砂防ダムは従来の不透過型に比べて流木の捕捉能力が高く、費用が安くなることから採用されるケースが増えてきている。

3砂防ダムの現状

 初めて砂防ダムが建設されてから50年以上が経過した。流域住民は「砂防ダムがいっぱいだ。役に立っているのか?下流に砂利を落としてくれないのか?」と言うが、砂防ダムの疑問を解決していこう。

・砂防ダムはいっぱいで、役に立っていないのか?

 結論から言うと、流域住民が指摘する「砂防ダムがいっぱい」の状態(下写真)でも、砂防ダムは役割を果たしている。

 砂防ダムがためることのできる土砂量は、私たちが思っているよりも多い。下図を見てほしい。「砂防ダムがいっぱい」状態は、「平常時堆砂勾配」まで土砂がたまった状態を指す。計画上は、さらに上の「計画堆砂勾配」までためられるのだ。よって、「砂防ダムがいっぱい」状態からさらに土砂が流入しても防災機能を果たすと考えられている。

 また、堆積した土砂にも役割がある。主に「減勢効果」と「調整効果」の2つだ。減勢効果とは、砂防ダム上流に土砂が堆積することで川幅を拡げ傾斜が緩くなり、土石流の勢いを抑えることができる効果のことだ。調整効果とは、一度に大量の土砂を流すことなく少しずつ調整して流す効果のことだ。大量の土砂が流れてくると、勾配の緩い上流側で流速が落ち、既に貯まっていた土砂上に積もり、次の降雨によって少しずつ削られて流下する。他にも、堆積した土砂が山腹を固定し浸食を防ぐ山脚固定という効果もある。砂防ダム上流の土砂は、このように堆積した後も防災上必要な役割を果たしている。

 つまり、住民の感じている「砂防ダムがいっぱい」状態でも、砂防ダムは、下流域の生活を守る本来の役割を十分に果たしているのだ。

・砂防ダムに溜まった砂利を下流におろしてくれないのか?

 砂防ダムの耐用年数は50年とされている(*注)。では、砂防ダムに堆積した石を下流へ流すことは考えないのだろうか。

*注 財務省令「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」より

 これも結論から言うと、基本的に堆積した石を砂防ダムより下流へ流すことはない。除石は、堆積した土砂が防災面の役割を果たしていることから優先度が低く、基本的に考えられていないのだ。除石計画は存在するが「除石が困難な場合以外」「比較的規模が大きく管理型の砂防ダム」に限定される。

 除石される場合にも課題がある。除石後は、海岸に運搬し埋立地に利用、処分費用を支払い産業廃棄物、砂利業者に販売するなどして処理している。しかし、埋立地への利用は環境への影響と漁業補償、産業廃棄物処理は処理費が必要で、販売の場合は条件が厳しいなど、課題が山積だ。

・四万十町内の砂防ダムからひも解く(高知県須崎土木事務所四万十町事務所管内)

 現在四万十町管内には、窪川地域で97カ所、大正地域で49カ所、十和地域で31カ所、計177カ所の砂防ダムなどの施設が存在する。令和3年度では30カ所の定期点検が行われた。現在の状態は、判定A(対策不要)約88%、判定B(経過観察)約10%、判定C(要対策)は2カ所となっている。点検時には堆積状態も確認されるが、現在、四万十町内で除石作業をしているまたは必要だと判断される砂防ダムはない。

4これからの砂防と環境視点

 私たちの暮らしは砂防事業の恩恵を受けて成り立っている。それを大前提として、今の四万十川の河床環境改善に向けた課題を考えたい。

・砂利供給を止めている事実と自然環境への配慮

北海道大学農学研究院の中村太士教授は

「砂防がこれまで、土砂管理のみを主眼として河川を取り扱ってきたのは事実であり、これにともなう環境要因の変化にあまりにも無関心であったと思う。 ~中略 ~ 砂防が環境問題として今後議論してゆかなくてはならない点は、生物と物理的環境が関連する様々なプロセスの維持であり、最終的には生態系の維持につながると思われる。」

「環境問題に対する砂防の視点と今後の課題」
『新砂防』 Vol. 45 No. 3 (182) September 1992
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sabo1973/45/3/45_3_29/_article/-char/ja/

と今までの砂防事業に欠けていた点を指摘している。今、四万十川で起きていることは、もう30年前になされた中村先生の指摘そのもので、流域はやっとその事実に気づいたところなのだ。砂防ダムが、防災の役割を果たすために川への砂利供給を止めていることは事実である。問題は、そのシステムに河川生態系に与える影響への視点が足りなかったことだ。これからは、四万十川との連続性に配慮した砂防のあり方を考えられないだろうか。

*最近、老朽化した砂防ダムの改善に向けた事業が進んでいる。下流域の安全確保を目的に、より多くの堆砂量を得るため砂防ダムの提頂高(河床から天端までの高さ)を高くし、それでも足りない場合は上流に砂防ダムを新設する。現段階では防災上の改善が主眼で、土砂供給のない下流域の状況は課題とされていない。

・自然環境の連続性とそのシステム構築

 現在、国土交通省は総合的な土砂管理において「土砂の移動による災害を防止し、生態系、景観等の河川・海岸環境を保全するとともに、河川・海岸を適正に利活用することにより、豊かで活力ある社会を実現すること」を目標に掲げており、山から海までの連続性を意識した土木事業が構築されつつある。実際は、事業目的がまだ下流域の安全に偏っているともいわれ、砂利の供給場所としての上流に視点を当てた議論が生まれるには時間が必要かもしれない。

 一方、四万十川では、四万十川の漁協、流域の市町を中心に河床環境改善に向けた取り組みが始まっている。流域のトンネル工事で出たズリを四万十川に投入することで河床攪乱を起こし、生物が棲みやすい環境にできないか検討を始めている(詳しくはコチラ)。今年2月には、四万十川西部漁協が先頭を切って、細かい砂で固定化された河原を重機で掘削し、出水時の環境変化をみる実証実験もはじめた(詳しくはコチラ)。長年、多くの人が四万十川の環境変化を指摘してきたが、このような河川環境改善に向けた官民協同の具体的行動ははじめてだろう。四万十川で始まった動きは、川との連続性に配慮した土砂管理システム構築への第一歩である。今後、この動きをより進化させるには多くの人の理解と協力が必要だ。

 中村先生は前掲論文で「近年では森林火災と同様、地表変動も生態系を維持する攪乱現象の一つとしてとらえるようになっている。」とも言っている。今までの土砂流出は災害であり、恐れるべきものだった。一方で土砂流出は自然の循環の中で、川に石を運び「攪乱」を起こすという重要な役割をもつ。それに改めて気づいた今、「砂防」の中に、地域の生活を守りつつ攪乱を含めた循環の視点を入れて自然と付き合うことも考えていかなければならないと思う。

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参考資料

・環境問題に対する砂防の視点と今後の課題 中村太士

・砂防ダム問題と渓流環境 田口康夫

・治水上砂防ノ為 砂防学会誌Vol.50 水山高久

・那賀川の総合土砂管理に向けた取り組み 平成30年3月那賀川総合土砂管理検討協議会

・流砂系における土砂動態と土砂管理そして砂防 土木学会論文集No.754 水山高久

・除石土砂の処理方法 水山高久

・治山と治水 河田五郎

取材協力(敬称略)

・高知県土木部防災砂防課

・高知県須崎土木事務所四万十町事務所

・四万十リバーマスター 
 池田十三生、武内幸男、金谷光人、中脇影則、小野雄介

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