四万十川の支流・野々川は、四万十町(旧・十和村)野々川地区の広大な山々の中央を南から北に流れる清流だ。野々川流域には、急峻な土地に石積で形成された家地や田畑がわずかにあるのみで、圧倒的な自然の中を流れる。透明度も高く、水温も低い。豊富な水量があり、下流に位置する大井川地区や昭和地区の住民の水源地にもなっている。
そんな秘境とも言える野々川の奥地で、40年前からアメゴの養殖場を始めたのが芝陽一さん(73)だ。今回の清流通信では、陽一さんが心血を注いできた「あめご屋」さんをご紹介します。
アメゴ料理のフルコース
今回の取材時、陽一さんのご厚意でアメゴ料理を提供していただいた。この日は、奥様の弘子さんと長女・美咲さんも来てくださり、貴重なアメゴを惜しみなく使ったアメゴ料理を堪能させていただいた。アメゴの概念が覆るほど絶品で、陽一さんのアメゴが大好きになった。


陽一さんは、「魚と女性の扱いは、まだ年季が足りない。」と言う言葉と裏腹に、慣れた手付きでアメゴをお刺身に。川魚独特の臭みは全然無く、甘みと旨味があって、いくらでも食べられる。



「アメゴは捨てるところがない」と、刺身にした後のアラは、一口サイズに切り分けて唐揚げに。弘子さんが二度揚げしてくれているので骨やヒレまで美味しくバリバリ食べられる。塩胡椒が効いて、ビールと一緒に食べると最高のアテになるに間違いない。

陽一さんが考案したという「ぶつ切りの唐揚げ(仮称)」も最高だった。口あたりも良く、スナック感覚でパリパリポリポリ食べられる。この料理、実は「稚魚の天ぷら」の代替案として誕生した。稚魚の天ぷらはとても好評だが、アメゴはどんどん成長してしまうので、2カ月間しか提供出来ない。そこで年中提供できるようにと、アメゴを薄い輪切りにして唐揚げにした。弘子さん曰く、「もっとかわいい名前を募集中」とのこと。何かいい名前を思い付いたらご連絡いただきたい。(例:アメゴリング等)



美咲さんが炭火でじっくり焼き上げてくれたアメゴの塩焼きも、皮が香ばしく、中はふっくら。羽釜で炊いたご飯に乗せれば、何杯でも食べられそうだ。アメゴが丸ごと1匹入った味噌汁で、さらにご飯がすすむ。

家族や友人知人を連れて来たいし、出来れば、ここでアメゴを酒の肴に呑んでみたい。掛け値なしにそう思わせてくれる。ただ、この場所は陽一さんが「十和の人でもここを知っている人は少ないですよ!」と言うくらい山奥で、人家も人通りもない。まさに「ポツンと一軒家」。決して商売的には立地が良くないこの場所でアメゴ料理を提供し始めたのは5年前。その動機を聞いてみた。

陽一さん:「ここでアメゴを食べさせたい!夏は本当に気持ち良いですよ!夏の暑い時は、谷に降りて食べる事もできるし、谷に降りると真夏でも涼しい。石で堰いてアメゴのつかみ取りもできる。子ども達が大喜びで帰っていくで。あと、自分でもよく分からないけど、お金持ちの人よりも一生懸命頑張っている人に安く食べらしちゃりたかった。」


今回取材をしてみて、何処かでアメゴの串焼きを1本食べる程度では、アメゴの真の魅力は分からないと感じた。陽一さんのところで、お腹も心もいっぱい、アメゴづくしの料理を是非堪能してほしい。
アメゴ料理の提供は予約制。大人が3000円、小学生が2000円。
予約はインスタ(電話対応有)からお願いします!
運命的な「岩」との出会いと友人の協力
陽一さんにアメゴの養殖場を始めたきっかけを尋ねると「島根県へ行った機会にアメゴを釣って食べさせてもらった。それが美味しくて印象に残っていた。アユの養殖も考えていたが、アメゴは山奥の冷たい水じゃないと飼えない。だから四万十川のどこでも飼えるアユと違って、過剰供給になる心配がないと思った。その時は商売っ気があったんよ!」と笑いながら話してくれた。

場所の選定も運命的だ。「この岩を見て、ここを養殖場にしようと思った。何か惹きつけられるものがあった。」と感慨深そうに岩まで案内してくれた。「春は桜、秋は紅葉、夏は川遊び、最高の場所!」とその直感に誤りは無かった。
場所が決まり、山林所有者と交渉。当時は、スギ・ヒノキが高値を付けていた頃で、そこに生えていた若木を30年後の値段で全て買取した後、切り開き、造成工事を行った。

「陽一さんは人に恵まれている。」と弘子さん。アメゴを飼う生け簀は全部で9つ。初期の3つの生け簀には、こんな思い出が詰まっている。アメゴ卸業者の都合で稚魚が数日後に納品されることになった。だが、まだその稚魚を飼うための生け簀が出来ていない。その時には、職場の同僚が木材とビニールシートで生け簀の設計をしてくれ、地元仲間の大工さんが完成させてくれたそうだ。「あれは凄かった!自分達の仕事そっちのけ、従業員総出で三日でやってくれたがで!」とのこと。

その他にも、左官屋だった同級生が生け簀を作ってくれたり、電気関係の仕事をしていた同級生が無料で電気を引っ張って来てくれた話など、仲間たちに支えられているエピソードをたくさん聞かせてもらった。陽一さんの人徳がそうさせるのだろう。
無投薬のあめご養殖 きっかけは弘子さんの一言…
陽一さんの養殖場の最大の特徴が、アメゴを無投薬で育てている事だ。そのきっかけは弘子さんの言葉だった。
結婚して数年経ったある日、いつものように生け簀に薬をまく陽一さんに、息子さんがお腹にいた弘子さんが、薬を使うな!と怒りをあらわにしたそうだ。「自分の子どもには、薬を使わんと育てたアメゴを食べらしたらええやないか!」と言い返した陽一さんに返ってきた、弘子さんの「人の子も自分の子も一緒やんか!」の一言が胸に突き刺さった。「その時のショックは酷かったね…。それから薬は、全然使ってない。」と語る。

弘子さんに当時の心境を尋ねてみると「息子もお腹におったりして、やっぱねえ、薬が入ったものは良くないじゃないですか。病気の原因になったら嫌だから…。私も食べたくないし、人の子にも食べさせるのはおかしいじゃないですか。」と、至極真っ当な意見。しかし、世の中に奥さんのこうした言葉をまともに受け止め、考えや行動を変えられる男性がどれだけいるだろうか。私には凄い事に感じられた。どうしてそれが出来たのか、陽一さんにさらに尋ねてみたら、「『他人には食わしてかまん』と自分が放った一言の、罪の重たさを感じた。」と、声を潜め少し苦しそうに答えてくれた。

1つの生け簀にアメゴを多量に養殖すると、ストレスがかかり病気になりやすい。それを薬の力で抑え込んでいた。無投薬に切り替えるには、病気が出ないように、アメゴの量を通常の3分の1に抑えて養殖しなければならなかった。それでも病気が出る時もあって、そんな時はアメゴの量をさらに減らしたり、水の量を増やしたりしながら何とか対処しているそうだ。

さらに、生け簀の水の使いまわしをせずに、一つひとつの生け簀にそれぞれパイプを引っ張り、新鮮で綺麗な水を常にかけ流している。こうすることでどの池も水温が安定し、仮にある生け簀で病気が発症しても、他の生け簀は影響を受けにくい。このような工夫をしても病気が収まらないこともあるそうだが、「あの時のショックが大きいので薬を使おうとは思わない。」という陽一さんの言葉にきっぱりとした決意が感じられた。
薬を使っていた時は、多い時で年間4tを愛媛県に出荷。無投薬にしてからも同じところにアメゴを卸したが、価格は他業者のアメゴと同じ、量は3分の1に減って、やるせなくなったそうだ。「無投薬に価値を認めてくれる人は少ない。価格に反映されにくい。」と陽一さん。現在は卸先を変え、地元の漁業組合が放流用に高く買い取ってくれたりする他、四万十町の松葉川温泉の朝食メニューに月500匹。ハイシーズンには1000匹を卸すこともあるそうだ。
またネット販売が出来るようになり、日本全国から陽一さんのアメゴの価値を理解してくるお客さんも増え、売り上げを伸ばしているそうだ。ネット販売のお客さんからは「薬を使ってないことが一番嬉しい」「これからも頑張ってください」などと手紙が届く。陽一さんは「無投薬でも、見た目も良いし、自分としてはどこに出しても恥ずかしくない。」と自信を見せた。
最大のピンチ「ああ…、これでオレも辞めろう…」
アメゴの養殖で一番難しいのは水の管理だと言う。増水した時には、濁水と一緒に葉っぱや小枝などいろいろなモノが流れてきて排水口を詰まらせてしまう。生け簀は常時かけ流しになっており、排水が詰まってしまうと水が溢れ出し、魚まで流れ出してしまう。だから、増水時は一晩中泊まって水の管理をする。携帯電波も無い中で、寝ずの番になる。街灯もない真っ暗闇で、数時間ごとに排水口の掃除を行う。

陽一さんが水管理に神経を使うのは、痛い経験があるからだ。ある年、「40年で一番ショックだった」事件が起こる。台風の増水で、養殖場に張り巡らされたパイプが全て流されてしまったのだ。養殖場の生命線となる配管には、膨大な労力も資金もつぎ込んできた。さすがの陽一さんも「ああ…、これでオレも辞めろう…」と弱気になった。落胆しているところに、地元の人が心配してやってきた。その時に、思わず「もう嫌、辞める…」と本音がポロっと出てしまった。そしたら「そんな弱い事を言いよって何にならあ!」と叱咤され、それが再起の契機になったと言う。再開するまで、お金も時間もかかって、引き直したパイプだけで600万円もかかったそうだ。弘子さんは「森林組合の仕事だけやったら楽に生活できたのにねえ」と実感がこもる。

陽一さんが生け簀に近づくと、アメゴが一斉に寄ってくる。毎日エサやりに来るからだ。もう一つ欠かせないのが排水口の掃除。自宅から養殖場までは車で往復40分もかかるため、通うだけでも大変だが、怠ってしまうと、排水口に葉っぱが詰まって、水もアメゴも流れ出してしまう。
イヤになる事はないか尋ねると「パイプが流されたとき以外、嫌になった事はない。これが与えられた宿命かな。自分の本能のまま、そんな感じかな。」と返ってきた。さらに今後の抱負を伺うと「無投薬でアメゴを可能な限り増やしたい。それだけです。」と淡々としていた。現在、陽一さんのアメゴは、需要に対して供給が追い付かない状況で、無投薬のアメゴを増やしたいが、スペースも限られており、今ある生け簀で出来るだけたくさんのアメゴを養殖したいそうだ。
今回の取材を通して、陽一さんにとって、アメゴの養殖や料理を振る舞う事は天職なのだろうと感じた。決して、アクセスは良くないが、陽一さんの人柄に触れる事が出来る「あめご屋」さんで、ぜひアメゴ料理を堪能してみてほしい。
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