11月25日(日)四万十町で行われた「第6回食と漁の地域活性化シンポジウム『四万十川 アユの再生と流域の地域未来づくり』で少しだけ子どもの川遊びについて、少しだけ喋りました。

主催者中尾博憲四万十町長より挨拶 
ちなみに中尾町長は四万十川財団理事長でもあります
黒笹滋幾さん「四万十川の魅力と地域づくり」

シンポジウム講演のトップバッターは、南国生活技術研究所 黒笹滋幾さんの「四万十川の魅力と地域づくり」。 四万十川すみずみツーリズムをべた褒めしていただきました(本当は迫田さんのデザインとコピーが褒められた)。

これからの地域経済を回していくのには随所に観光の視点を取り込まなくてはならない。その際のキーワードは「百見は一験に如かず」。百回見ても一回の体験には及ばない。まさに四万十のためにあるような言葉です。それにより、関係人口(≠交流人口)をどう作れるか。そんなお話しでした。この後の情報交換会で盛り上がったのは、高知はアロハをオフィシャルウェアにすべきだという話し。早速四万十市役所方面で盛り上がっていましたよ。来年から四万十市の職員さんは制服がアロハになるかも。

講演2つめ。たかはし河川生物調査事務所の高橋勇夫さんによる

「四万十川 アユの再生と3つのプラン」

高橋勇夫さん「四万十川 アユの再生と3つのプラン」

四万十川がどれだけのアユを育てるポテンシャルを持っているのか、それを基にして計算すると、アユがどれだけの経済効果を生むのか、そして、減ってしまった四万十川のアユを復活させるために人間に何ができるのか。

高橋さんのお話は何度も聞いていますが、決して主張がぶれることはありません。ただ、今回いつもより踏み込んでお話しくださったのが、そのための具体的なプランです。

今、四万十川で目指すべきは、できるだけ沢山の仔アユ(目標:100億尾)を海に送り出すこと。そして、1000万尾の遡上を目標にすること。そのためにはできるだけ多くの親魚(目標:100万尾)を確保すること。そのために3つのプランを用意してきてくれました。

プランA ほどほどプラン
実現性を重視し、川下と川上が「ほどほど」に取り組みやすいプラン
・産卵行きでの部分的(主産卵場)禁漁(再解禁無し)
・西土佐村から上流は10/1以降禁漁

プランB 3年我慢プラン
資源再生のために流域が3年間取り組むプラン
・10/1以降、全川全面禁漁
・10/1以前:火振り等網漁大幅規制
      ↓
・3年目以降は(資源が回復すれば)順次規制緩和
・資源水準に応じた順応的資源管理へ移行

プランC 安心安全プラン
資源水準を永続的に安定させるプラン
(未来へと資源を繋ぐプラン)
・佐田沈下橋から下流は10/1以降全面禁漁
・旧西土佐村から上流は火振り等網漁の規制
・旧西土佐村から上流は、10/1以降全面禁漁

大切なのは極端に悪い年を作らないこと、少し我慢をしてアユの数が一定水準に至れば、強い再生力を持つアユは多少漁獲圧が強くても一定水準の数を確保できるだろう、というお話しでした。

もちろん会場の漁協関係者からは当然いろんな意見が出ました。

大切なのは投げられた提案をここで終わらせることなく、これを基にして流域の関係者が話し合いをしていくことだと思います。

続いてトークセッション。

1人目。四万十川上流淡水漁協組合長の池田十三生さん

「四万十川の流域 自然と歴史文化」

池田十三生さん「四万十川の流域 自然と歴史文化」

東流していた古四万十川が窪川台地の隆起で今の流れになっていった話し。

2人目 道の駅よって!西土佐 駅長の林大介さん

「四万十川アユのブランド化」

林大介さん「四万十川アユのブランド化」
15分という短い時間の中でこれだけのチャレンジを話す中で、「私、女性が好きなんですが」とおっしゃった言葉がなぜか記憶に残っています。

今年築地に鮮魚で送ったことで話題になったアユ市場ですが、他にも様々な商品開発を通して四万十川のアユのブランド化を図っています。鮎の塩焼き真空パック、風干し、粕づけ、姿寿司、甘露煮、燻製、そしてコンフィ。今現在鮎魚醤にチャレンジしているそうです。いいときにアユ市場に行ったら試食させてもらえるかも。実際私はたまたま居合わせて燻製の試食をしています。

3人目 大都魚類株式会社の河野智和さん

「築地(豊洲)市場から見た四万十アユの魅力」

河野智和さん「築地(豊洲)市場から見た四万十アユの魅力」

河野さんの話は、四万十川に勇気を与えてくれる部分が大きかったです。

築地におけるアユの取り扱い状況は4月から9月までで640t。うち天然アユは5~8%で10t程度、その半分が湖産アユが占めているが、アユの需要は十分あり、天然アユの勝算は十分にある。6月はハシリで天ぷら種になる小型のアユが求められ、7月は塩焼き用。8月には塩焼きの主力がサンマになるのでその辺りで終了。四万十川のネームバリューはとても大きいが、今までは網漁のアユが多く、はっきり言って市場での評価は「2級品」。今シーズンの釣りアユでだいぶそのイメージは払拭されたと思う。同じ品質なら間違いなく四万十川さん天然物が売れる。そこで検討してほしいのは、もし可能であればだが鮎の放流をやめることができないか。四万十川が100%天然遡上の鮎になれば、売る方も自信を持ってそれをウリにできる。

売っている現場の方の話しなのでとてもインパクトがありました。ショックだったのは、四万十川のアユの市場評価が2級品だったということ。いかに品質管理が大事かを思い知らされました。

例のごとく自分が話したときの写真はありません。スタッフ2名はこのときまだ四万十樵養成塾の運営にかかっています。3人しかいない団体なので、何時もこんな感じで全員フルスロットルで活動しています。

さて、それで私神田が喋った内容ですが、 今回のシンポは後でまとめるそうで、そこに載せられるよう原稿を書いておいてくれといわれました。やはり原稿通りには喋れませんでしたが、大体こんな感じです。                                     

○川で遊ぶ子どもが減っている
四万十川を守るにあたり、流域の人が四万十川に関わり続けていくことを大切にしなければならないと私たちは考えています。一番怖いのが、人が四万十川に無関心になること。
 こんなデータがあります。
 ある河川でとった川で遊んだ子どもの数です。平成16年に4300人だったものが、24年には3100人あまり。少子化の影響を勘案するにしても、8年で1000人以上の減少です。次の資料は川で生きものを捕った子どもの数です。3300人から2000人を割り込む数字になっています。
 実はこれ、四万十川での調査で、高知県が四万十川条例に基づき調査した結果です。つまり、この四万十川においてすら川遊びする子どもは減少傾向にあるということです。
 これはなんとかしなければなりません。

○川文化の継承は必要なのか
 ただ、現代の子どもたちを取り巻く状況は、昔と全く違っています。子どもがスマホを使うのはもはや珍しいことでなはいし、ドローンという鳥の目も人類は手に入れました。VR技術は体験の分野にまで進出してきました。AIの進化のめざましさはみなさんご存知の通りです。このご時世に、川文化などというものを伝えていくことに本当に意味はあるのか。大人の自己満足ではないのか。
 でも、考えてみれば、今の若い人たちができないけれど、我々にはできることも沢山ある。笑い話ではなくマッチで火を付けられない、ナイフで鉛筆を削れない子どもがいます。それどころか、その親ごさんもあやしかったりする。私たちは食べ物をとってくることも、とってきたものを料ることもできる。
 どっちがいいかということではないとは思いますが、生きものとして考えれば、少なくとも我々の持っているものをベースにしなければいけないのではないか。そうでないと、自分の生きていくすべをまるごと他人に預けることになります。そう考えると、技術の力で人間は以前想像もできなかった便利な世の中を作ったけれども、実はその一方でとんでもない方向に進んでしまってるのかもしれないと思う。
 今の子どもたちに欠けてしまっているものすべてではないけれど、そのおおかたを川遊びは育んでくれる。私たちは大げさでなく生きる上で大切なものを川遊びから学んできました。自信を持って川遊びを伝えていきましょう。

○四万十川文化
 では、その伝える「四万十川文化」とは何か。漠然としていますが、私は「ここで生きる知恵の集合体」、要するに、「四万十川とのつきあい方」だと考えています。1983年のNHKの番組で「日本最後の清流」のキャッチフレーズをもらった四万十川ですが、当時の人を魅了したのは、その水の美しさもさることながら、人と川との近しさにありました。高度経済成長期を経て排水路になってしまった日本の河川において、まだ人と川とがいい距離を保ちながらつきあい続けている川がある。多くの人々はそれを体感したくて四万十川に押しかけたわけです。この川のどんな時、あるいはどこが危なくてから始まり、どうしたら何が獲れて、とか、川でこれができたら一人前の仲間入りとか、誰それはウナギの穴をいくつ持っているとか、川と付き合いながらその恵みを分けてもらい生きる術、その前提には自分の身は守れなければいけないし、上の者はしたの子にそれを教えられなければならない。そうした諸々を含めて「四万十川文化」なのだと思います。もちろん、こうしたものは全国どこでもあったものだと思いますが、ちょうどどこにでもあった沈下橋が開発が進むにつれどんどん壊されていくなかで開発が遅れた四万十川にだけ多くの沈下橋が残ってしまった、それがぐるっと回って評価された。それと同じで、川の開発が遅れたここ四万十には人と川とのつきあい方がのこっている。それは誇るべき文化です。

○誰が何をするのか
最後に、一つみなさんにお願いがあります。
シンポジウムのいい所悪い所いろいろあると思いますが、最大の弱点がこの場だけで終わってしまうこと。そうならないように、みなさんにお願いをしたい。
 

まずは漁協のみなさん、川漁師のみなさん、川で育ったみなさんへお願いです。
先人たちが培った知恵と技術を次世代に伝えてください。次世代というのはⅰ)子どもたちと、忘れてはならないのがⅱ)子どもたちの親の世代です。そして、② これまで同様、先頭を切って四万十川を守ってください。
 

次に、行政のみなさん、教育関係のみなさんにお願いです。そうした知恵と技術を伝える場づくりをお願いします。
 

そして、住民のみなさんにお願いが2つ。
一つは、みんなで川遊びをしましょうということ。もう一つが、川魚を食べましょうということです。


 最後にもう一度確認します。四万十川で暮らしてきたひとびとの持つ知恵と技術は、誇るべきもので、子どもたちが生きていく上で落としてはならない大切なものです。それぞれが役割を果たして、次世代へと繋いでいきましょう。もちろん私たちも微力ながらお手伝いします。

後日四万十町さんがまとめた記録が公開される予定です。リンクを添付しますので、興味のある方はそちらからご覧ください。