四万十川のアオサノリ ー 地元では「アオサ」と呼んでいる ー が2年連続で獲れていない。アオノリも、もっと前から全く獲れていない。今のままでは、四万十川にとって欠かせない産業が消滅しかねない。四万十川の河口で何が起きているのか。今回は皆さんに現状をお伝えしたい。

 最初に、アオサの基礎を確認しておきたい。十分ご存知の方は、1章へ。

アオサの基礎

アオサ と アオノリの違い

 アオサ と アオノリ はどちらも四万十川を代表する水産物だ。特に天然のアオノリは、かつて全国シェアの90%を四万十川産が占めていた。名前が似ていて混同されやすいこの二つのノリの大きな違いは、生息環境だ。
たこ焼きや焼きそばなどに振りかけるアオノリは、汽水域に生息する。四万十川では最も香り高く高級品とされるスジアオノリが自生していて、収穫期のノリ干しは冬の風物詩となっていたが、2010年以降収穫量が激減し、2019年から収穫がない。
 一方、今回取り上げるアオサは、塩分に対する適応範囲が広く、外洋から汽水域まで生息する。塩分が低いほど大型で薄い膜になるため、河口付近の汽水域が養殖適地となり、四万十川でも河口で養殖が行われている。

アオサ

アオサの生態と生活史

 アオサは異型世代交代を行う。収穫される状態は配偶体で、10㎝以上になると葉の縁が黄緑色になって成熟し、配偶子を出す。配偶子は強い正の走光性を持つため水面に集まり、雌雄が出会うと接合子となる。接合子は負の走光性をもつため沈んでいき、岩等に付着するが、夏の間は外敵に狙われないように接合子のまま肥大していき、接合子が成長した胞子嚢(遊走子嚢)から遊走子が出て、これが基盤に着いて春に向けて配偶体に生育していく。

1 アオサ不作の現状

下流漁協の状況

 今年の2月、四万十川下流漁協組合長の山﨑明洋さんからアオサが全く獲れないと聞いた。アオノリがずっと不作で、アオサもとれないとは、四万十川の下流で何が起こっているのだろう。

 2023年3月6日午前10時。通常は繁忙期で、収穫したアオサを洗って干してを毎日繰り返しているはずだった。山﨑組合長に養殖場が広がる竹島川河口に案内してもらった。養殖網にはシオミドロ(褐藻類のシオミドロ属。伸長すると他の藻類に付着し生育を妨げる。)がべっとりとつき、色のない風景が広がっていた。組合長は「この状況なのでいつ(取材に)来てもらっても(忙しくないから)かまんのですよ。」と言う。緑がかったアオサもわずかについてはいるが、全く伸びていない。これが伸びている方ですと見せてくれたものでも長さも3㎝に満たない。アオサが伸びないから今年は1回も収穫していない。昨年、収穫がなかった。これから4月まで収穫がないと今年も収穫ゼロで終わるかもしれない。一面のアオサ養殖場に、収穫をしている人は誰もいなかった。一番目立つのは、長くぶら下がったシオミドロ。一緒にいた漁師が「こいつが少しでも美味しかったらいいんだけど、臭くて栄養もないし全然だめだ。少しはあったけど、昔はここまでシオミドロがなかった。沖まで出てくることはなかった。」という。

少しアオサが見える網
岸壁に付着するアオサも伸びていない
2023年3月6日 アオサが全く育っていない
2021年3月3日の光景 緑のアオサが広がる

 例年、12月に網出しをして、2月を過ぎて3㎝以上に伸びてきたら獲り始めていた。年明けからとれていた時もあったので、だんだんと収穫時期がずれてきている。

 2年続けて獲れないのは漁師にとって大変なことだ。養殖には、養殖用のネットや種苗代、河川占有料の支払いなどに20万円ほど必要だ。「まだ今年を諦めたくないが、2年続くと嫌になってしまう。他の仕事をするしかないとも考える。」

 漁師たちは、アオサ不作の原因について、河口の砂州がなくなって海水が直接入ってくるようになったこと、砂州があることで上手くバランスがとれていたものが何か崩れているのではないかと考えている。その一つが水温の変化だ。昨年の調査で、1日の水温変化が8度もあることがわかった。海水が直接入ることで、塩分躍層、水温躍層(※躍層とは水中の塩分や水温の鉛直分布において鉛直勾配が大きな層のこと)が以前と変化し、それが水温の差を大きくしているのではないかという。また、11月、12月に網を出すとき、手袋をしなくて良いほど水温が明らかに高かった。他にも多くの変化を感じている。雨が少なくて水が動いていない。太刀魚が釣れたり、八束小学校の下にウミガメがいたりと河口が海になってしまっている。養殖場はもともと天然のアオサがとれていた場所で、近くの堤防の石にアオサがつくが、今年はそのアオサも伸びていない。

 詳しく聞くと、異変は以前から始まっていた。5,6年前から養殖場の上流側では収穫量が落ちていた。収量が多いのは下流側であるが、海に近く波の被害を受けやすいため、大荒れの日は養殖場全体が倒壊することもあった。だが、ここまで収穫がないのは初めてで、来年以降のアオサ養殖に不安が残る。

 漁期を終えて、下流漁協に最終的な状況を聞いてみた。結局3月以降も収穫できず、収穫量はゼロとなった。下流漁協でアオサ養殖をしている組合員は25~26名いるが、来年は半分ほどの組合員が養殖を休むと言っており、やる人でも養殖網の数を例年より減らす人が多い。減らした分の収入は他の漁で賄っていくという。下流漁協は5月末に国や県に対して今回の件に関して話を聞く場をつくる予定だそうだ。

アオサ収穫量(下流漁協提供データより作成)
*年度表示(例えば、2022年度の収穫量は2023年1~4月頃の収穫量になります)

・河口砂州の消失

  アオサ不作の原因として漁師の口から出た河口砂州の消失について、少し整理してみたい。河口砂州は本流と竹島川の合流点から少し下流に形成され、洪水の度に何度も流れ戻りを繰り返し、洪水時には水位上昇を引き起こす恐れもあるが、四万十川汽水域の環境を保全するうえで重要な役割を果たしてきた。
 一方、四万十川河口部にある下田では、洪水時の四万十川から竹島川への流入によって度々大規模な浸水被害を受けていた。四万十川内の航路は増水や高波浪で頻繁に航路埋塞が発生し、船が港へ入れない、漁に出られないなどの支障もきたしていた。
 これらの問題を解決するため、国と県は四万十川と竹島川を分離するべく、国は四万十川の河川堤防を、県は下田港の防波堤等の整備を進めてきた。

 防波堤整備の進捗により、L字型の防波堤等の影響か、2004年頃には砂州の形態が変化し始め、縮小していった。その砂州が完全に消失したのは2009年の秋だった。下流漁協は、2013年に砂州の復元を求める要望書を高知県に提出した。高知県は、土砂投入など砂州再生に向けた取り組みを実施し、一時は砂州が回復したものの、再び縮小、現在まで砂州の復元には至っていない。また、国交省と高知県は、管理区間の環境調査、水質調査を継続して実施しているが、アオサ不作の原因は特定できていない。

(参照:渡川水系河川整備基本方針・国交省H20.7/四万十川河川維持管理計画・中村河川国道事務所H28.3)

四万十川河川維持管理計画平成28年3月 四国地方整備局中村河川国道事務所32pより

2 四万十市の産業として

 四万十市の水産物は四万十川を背景に高いブランド力がある。四万十市の産業振興計画の中でも栽培(養殖)可能なアオサの生産量アップへの取り組みの必要性を明示しているだけに、今回の不作については市としても強い危機感を抱いている。

 現在、四万十市は四万十川流域の漁協が協議を行う四万十川漁業振興協議会に所属し、四万十川の河川環境問題を捉えようとしている。砂州消失の影響も含め、大きく河川環境問題として考える必要があるという。分野を超え、行政や民間が集まって四万十川を改善するために新しく組織を作ろうとしているところだ。

四万十市農林水産課は今回のアオサの不作に関して以下のようにこたえた。

「アオサは、四万十川を代表する産業の一つとして守っていかなければいけない。(今回の不作は)漁業者だけの問題ではなく、アオサを提供する飲食店、加工業者にとっても大きな打撃だ。観光業においてもイメージダウンにつながる。原因が河川環境の問題であれば、改善するまでに時間がかかる。温暖化など地球規模の問題であれば、これを変えることは困難を極める。環境改善に努めつつ、現在の環境に合った種苗を取り入れることや、アオサの陸上養殖を考える必要もある。陸上なら管理ができるので、産業を残すという点では一つの方法としてやっていけるのではないか。」

一方で

「漁業者が厳しい状況なのもよくわかるが、漁業者自らがこれから何をしていくか示してもらうことも重要。漁協が漁業者をまとめ、主体となって動く必要がある。民間と協力していく手もあるだろう。その際には行政としてしっかりサポートしていきたい。」

とも述べている。

3 アオサ不作の原因ははっきりしない

 アオサの収穫量が減少してきたこと、河川の環境が変化していることは以前から指摘されてきたことだ。アオノリも不作が続いている。何かがおかしくなっているが、何年経っても何が原因なのか、結論が見えてこない。
 アオサの生育には、水温、塩分、栄養塩が強く影響しており、微妙なバランスが必要だが、そのバランスが変化しているのかもしれない。想定される要因は温暖化による海水温の上昇、降雨不足による河川からの栄養塩の減少、農業の影響など多岐にわたり、今のところこれといった決定打がない。現時点で考えられるアオサ不作の原因と、その背景に何があるのか、今後の清流通信で詳しくお伝えしていきたい。

【参考資料】

・トコトンやさしい養殖の本 2019.2 日刊工業新聞社 近畿大学水産研究所 

・ネイチャーウォッチングガイドブック海藻 2012.6 誠文堂新光社 編:神谷充伸

・学研生物図鑑海藻 1987.6 学研プラス 著:千原光雄

・標準原色図鑑全集第15巻 1970.1 保育社 著:千原光雄

・有用海藻誌 海藻の資源開発と利用に向けて 2004.3 内田老鶴圃 著:大野正夫 

・渡川水系河川整備基本方針 土砂管理等に関する資料 平成20年7月10日 国土交通省河川局

・四万十川河川維持管理計画 渡川水系四万十川・後川・中筋川 平成28年3月 四国整備局中村河川国道事務所

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