農水省が2021年に発表した「みどりの食料システム戦略」をご存知でしょうか。環境負荷を低減させ、持続可能な食料システムを構築するための戦略です。2050年までに化学農薬の50%削減(リスク換算)、化学肥料30%削減、有機農業の栽培面積を全体の25%(100万ha)に拡大などの目標が掲げられています。

高知県は、国のこの方針に基づき、県内 34 市町村と共同で基本計画を作成し、有機農業(有機JAS)の取組面積を 2022 年(令和4年) の 146ha から、2030 年(令和 12 年)に 408ha とすることを目標としています。

今回は、こうした大きな流れの中で、四万十川流域で有機水稲に新たにチャレンジし始めた「農業法人 四万十野菜合同会社」さんをご紹介したいと思います。

四万十野菜合同会社 代表社員 濵﨑龍一さん

それでは、四万十野菜さんの取り組みをご紹介させていただきます。お話を聞かせていただいたのは、四万十野菜合同会社 代表社員 濵﨑龍一さんです。有機水稲に取り組み始めたのは2023年からで、今年で3年目になります。どのような展望をお持ちなのか伺いました。

濵﨑さん:「1年目は、2枚で25アールの圃場で始めました。その時の収量は10アールあたり玄米ベースで5俵(300kg)弱でした。2年目は18アールの新規圃場を増やして、全部で43アールになり、作柄も良くて、5.5俵/反になりました。等級も1年目の3等から2等に上がりました。3年目になる今年は、最低5俵(※実際は6俵あったそうです!)はあると思っています。

現在、作付けしている『ふさなり』という品種は、四万十町十和地区の在来種で、背丈が140㎝くらいまで伸びるので、頭が重くなるとどうしても倒れやすくなります。なぜ作りにくい『フサナリ』を選んだかというと、それは玄米が大変美味しいお米だからなんです。みんな、玄米が体に良いのは分かっているんですが、なぜ食べないかというと、玄米臭がするとか、美味しくないからとか、炊飯するのに役がかかるから…。フサナリは、糠(ヌカ)が美味しい品種なので、玄米とか7分づきで提供することで、健康に良くて、玄米食を気軽に継続できる『健康食品』として考えています。

今後、この品種で規模拡大していきたいと思っています。私以外にも、この品種で作りたいという方がいらっしゃれば、限りがありますが、種を分けさせていただきます。私自身も、十和にゆかりのある方から種籾を受け継ぎました。有機水稲の取り組みは、私だけではなく、チームで50haくらいの取り組みにしたいと思っています。そのうちの10%以上、できれば10haは、自分で作らないとという事で、まず5haを5年後の目標として設定しています。」

最も肝心な除草対策

慣行栽培では除草剤で水田に生えてくる草を抑えます。除草剤が誕生する以前は、家族総出で田んぼに這いつくばり、手で雑草を抜いたり、「田車」という手押しの除草機を使っていましたが、いずれも重労働でした。また、若者が都会へ出ていき、作り手が高齢化する中で出てきた除草剤は、まさに「救いの神」だったのではないでしょうか。もし慣行栽培から有機栽培に切り替えようとする農家がいるとすれば、除草剤を手放すことは、最も抵抗感があると思います。濵﨑さん達の有機栽培では、一体どのようにして草が生えてこないようにしているのでしょうか。

①深水栽培の実施

水田雑草の代表的なものとして、ヒエがあります。ヒエは水深を10cm以上に保つことで、発芽しても水面まで伸びられず、溶けてしまうか浮いてしまいます。ただし、慣行栽培では、育苗期間が短く、コストを抑えられるマット苗が主流のため、苗が小さくなり、田植え後にいきなり深水にしてしまうと、せっかく植えた苗が水没してしまったり、活着が遅れ、育成も悪くなります。

そこで濵﨑さん達は、育苗期間を長くして大きな苗づくり(成苗)ができるポット苗を採用しています。苗が1つ1つポットに入っているため、大きく育てる事ができ、また、田植え時に根を痛めずそのまま移植できるので活着も早く、深水に移行しやすくなります。濱﨑さんからは「田植え直後から5cm湛水し、稲の育成とともに水位を上昇させ、10cm以上湛水できるのが理想。事前の畦塗りや栽培中の見回りも大切。」と教えていただきました。

②微生物の力を引き出す トロトロ層(還元層)の生成

ヒエと並んで代表的な雑草と言えば、コナギ(通称 いもがら)です。どのようにして、コナギを抑制しているのでしょう。それには、水田の「にごり水」環境づくりが大切だといいます。水が濁る事で、太陽光を反射・遮断します。そうすると、日光不足に弱いコナギは繁茂できません。もう一つ大事な要素がトロトロ層と呼ばれる強度の還元状態(酸素不足の状態)の層を土壌表面に形成する事です。トロトロ層に埋まってしまったコナギを代表とする水田雑草の種子は、酸素欠乏により発芽できなかったり、発根を阻害されます。稲はというと、成苗にする事で、深植えできるので、トロトロ層の下に根を張り影響を受けません。大変良く考えられた抑草システムです。他にも「代掻き(粗かきと植え代)励行や前年に行う秋耕も一般的に行う大切な抑草作業です。」と教えていただきました。

水を濁らしてくれるのも、トロトロ層を形成してくれるのも、実は微生物の働きで、濵﨑さんは「微生物の力を引き出す」事、そのために「良い事を着実に積み重ねる」事が重要だと言います。濵﨑さん達の作業計画を見せていただくと、実にたくさんの「良い事」を積み重ねているのが分かると思います。

有機水稲の病害虫対策

慣行栽培では、カメムシやウンカの防除のために、ネオニコチノイド系の農薬を使用するのが一般的です。ネオニコチノイドは、水溶性であることから水環境へ移行することが指摘されています。そうすると目的のカメムシやウンカだけでなく、目的以外の益虫や魚のエサとなる水生昆虫なども影響を受ける可能性を捨てきれません。有機水稲ではこうした農薬を使用しません。では、濵﨑さん達は、どのように病害虫対策をしているのでしょうか。

①少肥を心がける

ひとの性(さが)として、豊作を願い、ついつい肥料を入れすぎてしまうものです。ですが人間と同じで、過剰な栄養は病気になる可能性を高めてしまいます。濵﨑さん達は、科学的な土壌分析と「昨年の振り返りの実施」をする事で、必要最低限度の肥料に抑え、病害虫対策に繋げています。

②条間・株間 30㎝

また、田植え時には、前後左右30㎝あける「疎植」を行うことで風通しをよくし、病害虫に負けない丈夫な稲を目指しています。疎植にする事で、水稲の大敵「いもち病」も抑制できるそうです。

③草刈りの励行

病害虫から稲を守るには、畦畔の草管理も重要になってきます。ここでも畦畔にも除草剤を使用せず、栽培期間中に5回の草刈りを行っているそうです。また、草刈りを行うタイミングも重要です。タイミングを逃す事で、斑点米の原因になってしまうカメムシなどを呼び寄せてしまいます。(※栽培計画に、いつ草刈りを行うのか載っています。)

④植物活性を高める資材投入

稲の育成を助けたり、元気を引き出すために、多様な資材を投入しているのも濵﨑さん達の有機水稲の特徴のひとつです。ケイ酸資材、乳酸菌発酵エキス、竹酢液(又は黒酢)、(にがり等々)、たくさんの資材を適切な時期に散布しています。

濵﨑さんは「チャレンジ精神を忘れない事」を大切にしています。しかし、無謀なチャレンジにならないように、基本的な理論・仕組みを理解する事や、仮説と検証、仲間への相談、積極的な情報交換が重要だと言います。

まとめ

濵﨑さんは、「チームで50ha」を今後の目標にしています。もし、これを濵﨑さんが作付けしている四万十川の支流・神の川流域で実現できれば、神の川集水域の生態系へのインパクトは大きいのではないでしょうか。慣行栽培が主流の集水域と有機栽培が主流の集水域で生態系の有意差が出れば、それが雛形となって、有機水稲が波及していく可能性も出てきます。

現在、四万十川がさらに輝くように、あるいは再生を目指して、各方面でいろいろな取組を行っています。その中の一つとして、有機水稲を広げていく事は農業から四万十川を良くしていく、非常に有効な手段だと思います。今後も、四万十川にとって、喜ばしい兆しを追いかけていきたいと思います。

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