「四万十川にダムは、なし」。よく言われていることだ。
しかし、四万十川には、水を堰き止めている発電用の大きな構造物がある。四万十川本川にある佐賀取水堰と支川梼原川にある津賀ダムが代表的だ。
あれ?あるじゃないかと思った人も多いだろう。ダムの定義は「河川水を貯留する高さ15m以上の構造物」。佐賀取水堰は8mなので、「ダム」ではなく「堰」だ。津賀ダムは45.5mあるが、支川に位置するため四万十川本川にあるわけではない。そういうわけで四万十川本川に「ダム」はないことになっている。(四万十川本川ではなく支川には他にもダムが存在する。)
しかし、川を塞いでいる大きな存在だという事は間違いない。このダムをめぐって大きな運動があったことをご存じだろうか。流域にはかつて「四万十川を返せ」と住民たちがダムの撤去を求めて声を上げた歴史がある。
1 ダムとは、佐賀取水堰とは。
ダムとは何か。前述のとおりダムとは「河川水を貯留する高さ15m以上の構造物」であるが、その役割は多様だ。①洪水調節、②水資源の確保(水道用水、工業用水、農業用水など)、③発電、④河川環境の保全(流水の正常な機能維持)の4つを主な役割を持つ。その中で、佐賀取水堰の目的は発電である。
そもそもどうやって川の水から電気を生み出すのだろう。良い機会なので、四万十川とダムを考える前に、ダムと佐賀取水堰について基本を学んでおこう。
発電方法
水力発電を簡単に説明すると、水を高いところから低いところへ落とし、その力(水力)で発電機の水車を回して電気を作り出す発電方法だ。
この水力の取り込み方にも種類がある。①ダムに水を貯めて発電に使用する水量を調整できる「調整池式・貯水池式」と、②河川や水路の水の流れを調整することなく利用する「流れ込み式」の2つだ。
佐賀発電所は、通常、「流れ込み式」であり、電力の需要変動等への調整が必要となった場合、「調整池式」の電力発生方法を使っている。
佐賀取水堰の構造と運用
佐賀取水堰は、四万十川のちょうど中間あたり、四万十町家地川に位置するため、地元では「家地川ダム」と呼ばれている。本流の緩やかな流れで、発電に必要な水力を得るための有効落差[*2]が得にくいため、山を越えた黒潮町佐賀に発電所を作り落差を得ている。
図1を見てほしい。佐賀取水堰の規模は、ゲート4門と固定堰[*3]1つを有し、堤頂長112.5m、堤高8mだが、ゲートが開放されると河床からの高さは約60㎝と低い。
四万十川本川の水をコンクリートの力で堰き止め、取水堰から上流の野地橋までが調整池(総貯水容量[*4]約88万㎥/東京ドームの半分)となっている。取水口より取水された水は沈砂池で土砂を落とし、約7㎞先にある佐賀発電所へ送水され発電に利用される。その後、発電に使用された水は、別水系の伊与木川へと流れ出る。
佐賀取水堰は、魚道と沈砂池排砂門の2カ所から河川維持流量[*5]を流している。佐賀取水堰の河川維持流量は河川環境を考えて4段階に分かれ、7~8月は発電ガイドライン[*6]上限の3倍量、一番少ない時でも発電ガイドラインの上限値を放流している。これが平常時の稼働状況。
平常時以外は、河川流量によって運用方法が異なり、状況に合わせて的確な運用が行われる。
増水時は、発電に使う水量の最大量を超えるとゲート放流を行うようになる。ゲートによる放流を少しずつ増やしていき流入量と同じになったら、それに相当する量を少しずつ調整していく(調整池[*7]の水位を一定に保つ)。
さらに降雨が続き、ゲートからの放流量が増えてくると、ゲートが水面から離れて、自然の川の状態と同じようになる。
急な放流によって、下流へ多大な影響(水難事故など)が無いよう、降水量と流量を予想しながらゲートを慎重に開放していく。また、四国電力として下流域の安全のため、事前にサイレン吹鳴・見回り、行政と連携して町内放送による注意喚起を行い、専用ダイヤルも開設している。
渇水期の運用を説明しよう。渇水期は四万十川全体で水量が非常に少なくなる。河川維持流量の運用が始まって19年の内5か年で河川維持流量を下回るほどの渇水状態になったが、その場合は、発電を止めて全量を下流へ放流する。
しかし、電力の需要が増える夏場の渇水期(河川流量4.9㎥/s以下)は、河川維持流量と別に発電機器を正常に動かせる最少流量1.5㎥/sの取水を維持し、残る全量を下流へ放流する。さらに渇水が進んでその流量が流せなくなった場合には、発電を止めて、全量を下流に放流することが決められている。
佐賀取水堰の「水利権更新」とは。
「水利権の更新」は、ダムの存在について考える非常に重要な機会だ。
今回、佐賀取水堰の水利権更新をむかえるが、そもそも水利権更新とは何か。説明していこう。
ダムは川の水を利用するために貯留する。川の水は公共性が高いため、独占的に使うには河川法[*8]で規定される様々な決まりに従わなければいけない。それが、河川の流水を占用する権利である「水利権」だ。水利権の許可には期間が定められており、その期間ごとに許可の申請を行い、許可が下りることで川の水を利用することができる。
佐賀取水堰は一級河川[*9]の四万十川にあるため、水利権申請者の四国電力は国土交通大臣の許可が必要となる。その際、関係河川使用者へ通知や相談が行われる。また、必要な場合は関係市町による住民への意見聴取なども行われ、高知県知事として国土交通大臣へ意見を述べる。もし、取りまとめの際に、河川占有により影響受ける者から異議申し立てがあった場合は、河川管理者[*10](佐賀取水堰の場合は高知県)が調整機関として協議を行う。その結果を以って、最終的に国土交通大臣が四国電力に許可を行う。佐賀取水堰の場合、許可されると現在では10年間使用可能だ。
つまり、今現在のダムは国、県、市町村、住民の理解を得て、ここにあるのだ。だが、これには一筋縄でいかなかった過去がある。四万十川とダムをめぐっておきたことを次にまとめていこう。
2 ダムが四万十川へ与える影響
それでは、ダムをめぐる四万十川の話を始めよう。
実は、四万十川には多くのダム建設計画があった。大きくは4つ。どれも大規模で、今住んでいる土地や家が沈んでしまう計画だった。これに大反対した住民たちの強い想いによって計画は中止となり、現在の四万十川の水が流れている。
また、30年前までは3~10月の魚道放流期間やゲート放流中を除き、ダムから下流に一滴も水が流れない期間もあった。その期間に取水された水はほとんどが発電に使われ、10㎞以上涸れた川が続いていた。もちろん、鮎もウナギもいない。四万十川としての流れがなく河川環境が完全に破綻し失われていた。その四万十川を何とかしなければいけない、かつての四万十川の流れを取り戻し未来へつなぎたいと住民たちが動いた。
ダム建設計画 | ||
1923 | T12 | 松葉川堰堤(中土佐町古谷の川)、松葉川発電所(四万十町栗の木) |
1950 | S25 | 大野見村にダム建設計画 電発(株) |
1958 | S33 | 大正ダム建設計画 電発(株) |
1963 | S38 | 梼原ダム建設計画 建設省 |
1984 | S59 | 島の川ダム建設計画 農水省 |
1997年 佐賀取水堰の撤去運動
佐賀取水堰の建設
佐賀取水堰は戦時中の1937年(昭和12年)、軍需工場への送電目的で発電を開始した。今回の取材で当時のことを覚えている方に話を聞くことができた。
「この堰を建てるために、びっくりするくらいたくさん人がやってきてね、見たこともないようなトラックや機械も来て大騒ぎだったよ。朝鮮の人[*11]も多くて、その子たちと一緒に勉強した。電気屋さんがやってきたおかげで初めて家に電気がついたけど、明るすぎて恥ずかしかったわ。」
この取水堰は、にぎわいや新しい文化をもたらし、家地川の人にとっては、誇らしいものだったようだ。
佐賀取水堰撤去を求める声
そんな佐賀取水堰を撤去しようという運動が起きたのは、津賀ダムの撤去運動(後述参照)が終わって7年後の1997年(平成9年)ごろからだった。その時、佐賀取水堰は、建設から約60年たち2001年(平成13年)に水利権更新を控えていた。
まず撤去の声をあげたのは、四万十川の漁民たちだった。当時、佐賀取水堰より下流には「四万十谷」と呼ばれる水がない四万十川が広がっていた。ダム直下は真っ白に乾ききって、泳いでいたところが河原に、船着き場が岩場に変わった。歩いて横断でき、BBQを楽しむ人たちもいたという。支流が合流して水は少しずつ戻っていくが、減水区間が梼原川合流点まで約16㎞続く。その区間では、漁獲高が下がったと漁民は言った。また、建設省は鮎が小型化し、なわばり形成低下が見られたと報告している。渇水期には、ただでさえ少ない水が極端に減水し、ますます四万十川が「四万十谷」へと変わっていた。夏季の渇水では水温が異常に上昇し、鮎の生育不良や大量死など、特に深刻な状況にあった。この影響は、鮎以外の他の生態系にも大きな影響を与えていただろう。このように、「最後の清流四万十川」と呼ばれ多くの観光客が訪れる中、川が途切れている景観が続き、本来あるべき姿から乖離していた。
佐賀取水堰一番の問題は、取水された四万十川の水が二度と四万十川に戻らない構造になっているということだ。なだらかな四万十川では発電のための落差を得にくく、山を越えて佐賀の発電所から別水系の伊与木川へ流している(図3)。四万十川が水のない深刻な状況にもかかわらず、他の河川に四万十川の水を取られている。これに耐えかねて「四万十川の水を取り戻そう」と声が上がってきたのだった。
その一方で、ダムからの放流水は佐賀の人々にとって重要な水源となっていた。伊与木川はもともと水が少なく、その流域に住む人たちは四万十川の水のおかげで農業や飲用水を確保できる時もある。また、四万十川の水は、その先の海への栄養分供給にもつながっていた。
このように、四万十川の水は分水された地域にとっても無くてはならない存在になっている。そのため、佐賀の人々は、佐賀取水堰を撤去しないでほしいという要望を県や四国電力に提出し、ダム存続を流域市町村にも訴えていた。 佐賀取水堰撤去派と存続派、どちらも切実な思いである。
撤去運動の広がりと活発化
撤去運動の中心となったのは大正町だ。大正町は、津賀ダムと佐賀取水堰による減水区間に位置する町だ。同町議会と住民は組織を結成し、家地川ダム撤去に向けた運動を開始した。図4に関連団体を示す。
この活動は、次第に、四万十川流域市町村へ広まり、地元の高校生も巻き込みながら、全国へと広がった。流域市町村と県内水面漁連でつくる「よみがえれ四万十実行委員会」が全国紙に意見広告を掲載し、全国から応援を受け、大正町ではTBS「NEWS23」のキャスター筑紫哲也氏を招きシンポジウムを行い、その様子が全国放送された。撤去運動の集会には全国から1300人が押し寄せた。また、窪川高校の社会問題研究部は住民に独自のアンケートを行い、撤去存続両者から意見を吸い上げ、主催の会では、橋本大二郎高知県知事(当時)との対談を行い、両者の立場から四万十川と家地川ダムを考えるきっかけを作った。
佐賀取水堰の撤去はできるのか?
佐賀取水堰の撤去はそもそも可能なのかという議論も行われている。構造的には、堤高も低く、小規模なため撤去は可能であった。また、撤去せずにゲートを全開放し文化遺産として保存しておくという構想もあった。
最終的な関門は、佐賀発電所を止めることで不足する電力をどう賄うのか。代替する場合は、風力発電50基または家庭用太陽光パネルを2.4万戸(四万十市四万十町全戸分)が必要であるが、どちらも電気の安定供給はできない。大正町では、オートキャンプ場ウェル花夢などで太陽光パネルの設置や小水力発電[*12]などの検証を積極的に進めていたが、撤去後の減少電力は賄えず、採算も合わないことが分かった。
佐賀取水堰撤去運動の終点
最終的に、関係市町村の意見は3つに割れることとなる。大正、十和、西土佐、大野見、津野の5町村は撤去。水量の確保と更新期間の短縮という条件つき存続は窪川、梼原、中村の3市町。佐賀町は存続。関係市町村で意見を一致させることができなかった。
高知県は、「佐賀取水堰に係る検討協議会」を設置し、流域市町村、住民、漁協、専門家、四国電力を交え、様々な検討を行った。その結果、「自然環境、生活環境、エネルギーなどの課題に対し取り組み検証をすべき」「検証する期間は、10年程度が望ましい」と知事に報告した。
橋本知事は窪川高校社会問題研究部との対談で「撤去は良いが代替エネルギーの解決がないと原発に頼ることになる。日本一の維持流量にしていくべきだ。両者が痛みを伴いながら。撤去となっても撤去して終わりではなく、共通認識を持ち進むべき。10年スパンで考えた撤去方針を。」(高知新聞2000年12月11日)とコメントしている。
この水利権更新を機に、様々な運動が行われ、四万十川の未来を真剣に考えた意見が飛び交った。最後まで撤去派は運動を続けたが、この水利権更新では、「条件付き存続」で決着がついた。
付帯された条件は大きく2つあり、1つ目は、河川維持流量だ。河川維持流量は、少ない時期でも発電ガイドラインの上限値、夏季には発電ガイドラインの3倍、当時の国内最大となる3.4㎥/sが設定された。2つ目は水利権更新期間の短縮だった。水利権更新を30年から10年へ短縮し、この先10年で河川維持流量による河川環境への影響検証を行うこととなった。
撤去派は「流域全部がまとまらなかったことが残念だった。更新10年の短縮は評価するが、受け入れられない。」とした。高知県知事は「納得いかないだろうが水資源やエネルギーを考え10年をどう生かすか。」(高知新聞2001年3月30日)とコメントした。
この水利権更新の条件によって、四国電力は、年間710万kWhの発電量が減少し、佐賀発電所全体の8%、一般家庭1900戸分の電力を失った。減少分は他の電源によって他県から供給されることになったが損失は大きかった。
3 佐賀取水堰の新たな10年
10年検証
佐賀取水堰撤去運動を受けて、水利権更新直後の2001年(平成13年)から、高知県と四国電力によって河川維持流量による環境影響調査が始まった。佐賀取水堰による減水区間を主な調査地域として、水温、水質、魚類、流況、付着藻類、底生動物、植生といった項目の調査である。
また、高知県は、同年の3月に「四万十川条例[*13]」を制定し、四万十川流域の保全に一定のルールを設けた。新エネルギーに対しても太陽光発電、風力発電、バイオマス発電[*14]など積極的な促進を図り始めた。
そして10年後の2011年(平成23年)に再び水利権更新時期を迎えるにあたって、この10年間の調査を基に水利権更新前後の河川変化について検討が行われた。
減水区間において得られた効果は以下の3点であった(参考資料5より)。
①水深増加による瀬切れ[*15]の解消
水利権更新前より1.5~3倍に水深が増加、流速3倍増加、水面幅1.5倍に増加した。瀬切れが冬の渇水期でも起きない状態となった。
②夏季における河川水温低下
夏季、河川維持流量の導入によって、減水区間では平均0.8℃程度の水温低下、特に高水温が著しい打井川地点では1.5℃程度の水温低下効果を有していると検証された。一方で、今以上に河川維持流量を増大させたとしても、日最高水温の低下効果はそれほど大きくないとされている。
③底生動物・付着藻類の増加
水利権更新前より水生昆虫を中心とした底生動物の種類と量が増加した。これは、水生昆虫にとって羽化前の冬~春の河川環境が改善されたことによるものと考えられる。
次に、減水区間における調査で、変化がなかったもしくは効果がわからなかった点について。
河川の水質や植生に関しては、取水堰上流と下流で相違はなく、環境基準を満たし良好な状態であった。魚類、特に鮎については、天然資源の流入量や個体差などにおいて年変動が激しいので、直接的な効果はわからなかったが、指摘されていた鮎の小型化については水利権更新後見られなくなった。
伊与木川は、渇水期に井戸の水量減少が見られたが、農業への影響はなかった。
河川維持流量によってかなりの問題が解消されたようだ。
住民たちのアンケートにもその変化が表れている。2011年(平成23年)の水利更新前のアンケートによると佐賀取水堰存続の意見が過半数を占めたのだ。川が汚いという意見は引き続きあるが、その原因としては10年前の撤去運動当時から大きく変わり、「生活排水」や「山林荒廃」をあげる人の割合が増えた。四万十川に佐賀取水堰はあるべきではないという意見は根強いものの、重要な電力源としての理解もあるようだ。当時の四万十町長も「ダムや堰のない四万十川に向けて町民総意で取り組むことを基本理念としつつも、現段階ではダムの存続はやむをえない」と述べ、現状維持の方向で撤去運動後2回目の水利権更新が許可された。
河川維持流量と10年という期間は四万十川にとって大きな前進となったことは明らかだ。住民たちが声を上げ得てきたものは非常に大きかった。
佐賀取水堰の課題
現在の佐賀取水堰の持つ課題は何だろう。
佐賀取水堰には魚道があり、毎年アユの遡上が確認される。河床までの高さも約60㎝とかなり低い。河川維持流量も相当な量が流れ続けている。四万十川の環境に対してできる限りの対策が行われている。
しかし、増水しゲートを開放するとき以外、河川維持流量を超える水量が流れることはほとんどない。少しでも多くの水が欲しい渇水期でも、河川維持流量を越える水は取水されて行く。この水量は、専門家が導き出した発電と下流域生態系の均衡点だが、それ以上の水が流れたら、下流の生態系にどんな影響を与えうるのだろう。
一方で、70年続いてきた取水によって伊与木川やその下の海域には、新たな生態系が形成されている。また、分水された水で農業を行う人たちもいる。私たち人間には快適な生活のために電気が必要で、むしろ撤去活動当時よりも電力需要が増加しているが、流域で賄えない分は他県や他の発電に頼っている。
どちらも四万十川の水がもっと欲しくて綱引きの状態だ。その一つの解決策である河川維持流量は、当時の状況で決まったものだ。常に変わりつつある現状をしっかりと捉え、両者のバランスのとれた状態を常に考えていくのが、私たち流域住民に課せられた課題である。
佐賀取水堰年表②
佐賀取水堰年表③
4 津賀ダムの存在
津賀ダムの建設
ここまで佐賀取水堰の話をしてきたが、冒頭で述べたように四万十川にはもう一つ発電用の大きなダムがある。それが「津賀ダム」だ。
佐賀取水堰撤去運動より昔に遡るが、津賀ダムには佐賀取水堰撤去運動の前身となる運動が展開された過去がある。
津賀ダムは、かつて「津野山鮎」という鯖のように背中の盛り上がった巨鮎が育つ険しくも豊かな四万十川支川梼原川に作られた。その険しさのため、落差が得やすく、適した川幅であることから場所が選定され、1940年(昭和15年)に最初の水利権を獲得後、戦時中の1944年(昭和19年)に佐賀取水堰と同様の軍需目的でつくられた(図5)。
このダムは、梼原町と四万十町大正の境付近まで調整池(総貯水容量1930万㎥/東京ドーム約15個分)をもち10門のラジアルゲート[*16]、堤高45.5m、幅145mの規模である。発電所1,2号機は津賀ダムより水路長で約6㎞離れた四万十川本川にあり、107.6mの落差を得て、最大1万8100kWの発電がおこなわれ、発電後の水は四万十川本川へと流れ出る。第3号機は、河川維持流量の放流開始後、水資源を最大限活用するため新しくダム直下に作られた。
津賀ダム撤去運動と成果
津賀ダムは、50年の時を経た1989年(平成元年)に水利権更新を迎えることとなった。涸れた川とダムの上流に堆積したヘドロ、魚道がなく上がってこなくなった魚たち。住民は、この機会に津賀ダムの撤去を訴え始めた。
はじまりは梼原・津野から、それが四万十川流域の6市町村にも広がった。各議会で特別委員会が組織され、梼原・津野・大正・中村では撤去に向けた住民団体が立ち上がり、高知県へ要望書を提出し、四万十川流域一帯が津賀ダム撤去一色だった。
また、同時期に静岡県大井川でも同じように水を返せという動きが起きていた。このような流れを受けて、建設省と通産省は、1988(昭和63)年6月15日に全国に発電ガイドラインを通達したのだった。これによって、全国で発電用のダム等から河川環境を守るために河川維持流量を放流するようになった。それまでは、生物や環境に配慮する目的で、ダムからの放流を行うという考え方がなく、増水時と魚道への放流以外ダム下流へ水が流れることはなく、全国にも「四万十谷」が広がっていたのだ。河川維持流量の放流は、環境に対する意識の高まりと人々の運動によって得られた大きな成果である。
津賀ダム撤去運動の一転
「ダムの撤去」という動きは前例がなく、高知県と四国電力にとっては全くの想定外だった。高知県は、法的な解釈で水利権の更新申請した場合、「許可しない」ことは現状できず、撤去は「不可能」だと説明した。
そこから、運動の方向は一転し、流域全体が徐々に条件付き存続へと進んだ。条件とは、新たに導入される河川維持流量と、ダム上流域での魚族増殖である。最終的に、河川維持流量は発電ガイドラインの最高値にあたる1.15㎥/sとし鮎の時期になると上乗せした放流を行うことが決まった。また、四国電力からも出資協力を受けた魚族増殖の基金が積み立てられることとなり、毎年の補殖金も相当額の上乗せが決まった。
新たな30年後の検討
その後新たな30年が経過し、2019年(平成31年)に水利権更新20年間(平成21年4月1日より河川状況と社会環境変化に対応し許可期間を30年から20年に改正)が決定された。その水利権更新の際には、30年間の調査を基に検討が行われた。主に①津賀ダム上流河川、②調整池、③津賀ダム下流河川の3視点から河川の状況調査が行われた(参考資料6より)。
①津賀ダム上流河川
撤去運動の際、津賀ダム上流地域が求めたのは魚道の設置であった。その可能性を模索したが設置は不可能という結論となり、魚族増殖への出資協力を獲得した。その基金はほとんど鮎の放流(平成29年度は梼原津野合わせて約5000㎏の稚鮎放流)に使われている。放流される鮎のほとんどは漁獲または、下流へ下っているのが現状だ。よそでは陸封化された鮎の事例もあるが、津賀ダムでは再生産を行うような鮎は確認されていない。
②調整池
津賀ダムの調整池は1930万㎥(東京ドーム15個分) の貯水量をもつ。津賀ダムの課題は「堆砂」。佐賀取水堰とは異なり、河床から越水までの高さが約36mある(佐賀取水堰は約60㎝)ため、そこに水以外のものが徐々に溜まっていくことになる。これは構造上どのダムも避けては通れない問題だ。その上層に滞留した水は独特な色をしている。上流から流入した土砂の中で、微細な浮遊土砂が表層を覆って独特な色を作っているのだ。
平成27年当時の堆砂量は、計画堆砂量[*17]の73%(総貯水量の25%)にあり、台風など大規模な災害がない限り、年間約5万㎥堆砂していく。現在は対策が必要な段階にはなく、状況の監視中で、いまのところ大規模な作業は想定されていない。
溜まっているものは、ダムから1㎞までは微細な浮遊 土砂、7㎞までがそれよりも少し大きい比較的微細な土砂、それより上流が比較的粗い土砂で形成される。他にも多様なものが溜まっていると思われるが、詳細は不明だ。
では、この底質は水質に影響を与えているのだろうか。様々な項目から水質の検査を行っているが、ほとんどが 基準値以内であり、良好な水道水として使用可能なレベルだ。DO(溶存酸素濃度)[*18]の項目で調整池の下層で低い値が出た。これは有機物が多い状態を意味する。また、大腸菌も多い時期がある。これは他河川でも全国的に頻 発していることであり、山の荒廃や獣害が影響しているという。
DO値以外、ほとんど基準値内であり、富栄養化や貧酸素化の進行は見られない。有機物に関しては気になるところだが「比較的良好な数値で問題はない」と結論を出している。
③津賀ダム下流河川
撤去運動の際に下流域の人々が求めたのは、「水」だった。それは河川維持流量によって解消されたように見える。ダムがある限り、どうしても水の量は調整され、自然の川の水には戻れない。それでも、「涸れ川」が常に水のある川に変わったことは大きな変化には違いなかった。その後、問題となったのは、水質や濁り、動植物の変化だ。水質の調査が様々な項目から行われたが、調整池の水質と同じく、夏にDO値が低下し、大腸菌が超過していた。
下流域では、増水時の濁水低減の遅れが見られているが、長くても2~3日の遅れであり、濁りの観点からはさほど問題がないとする。四国電力も濁りの発生時は、選択的取水設備によって上から澄んでいく水を流せるようにしている。動植物に関しては、アユの生息場において水温の低下が見られるが、鮎の生息環境としては問題がない。ダムからの放流によって、魚類や水生昆虫の出現種、生息密度、多様度などの一定の生息環境が形成されていることが分かった。
このような検討により、30年経過後も大きな問題点が見られないことから、現状のままの更新(単純更新)が2019年(平成31年)に許可され、今に至る。
津賀ダムの課題
すべてのダムは、上流から流れてくるものを堰き止めている。津賀ダムも例外ではない。四万十川を見つめてきた住民からは、津賀ダム下流域の砂利の減少、微細粒子の流入による目詰まりなど、河床の変化により河川環境が徐々に変化してきたと聞く。
津賀ダム上流域は、徐々に溜まっていく堆砂がある。今の時点では、調査や監視も四国電力によって行われ、客観的に見える部分での問題はない。そのため、まだ、堆砂による問題や対策を考える時ではないという。
しかし、確実に堆砂は続き、自然な河川環境とは異なる状態にある。目に見えない、まだ顕在していない問題が起きている可能性は否定できない。[*19]
次の更新は20年後の2039年。問題がない今だからこそ、注意深く変化を見つめていきたい。
5 私たちの生活に必要な電気と四万十川の環境
新エネルギーと四万十川
佐賀取水堰の撤去運動の際に、代替として新エネルギーという視点が出てきた。仮にダムが撤去されても、今の私たちの生活には同じだけの電気、もしくはもっとたくさんの電気が必要だ。撤去運動には、四万十川を守りつつも自分たちの快適な生活は手放せないという矛盾もあった。
再生可能エネルギー推進の流れを受けて、四万十川でも太陽光発電や風力発電の施設ができている。近年、 四万十市三里の四万十川河川敷に計画されたメガソーラー施設は環境・災害面への懸念から住民の反対を受け、四万十市は四万十川条例に基づき不許可とした。大規模な風力発電の開発計画も四万十町・四万十市境にあり、森林環境破壊による四万十川への悪影響、低周波による被害への懸念、バードストライクといった点から反対運動をしている住民グループもいる。
高知県では木質バイオマス発電も導入されている。これは、林業者にとってお金になる良い面もあるが、ペレット燃料加工のためにエネルギーを必要とするという矛盾もある。
一般的に「環境にやさしい」イメージのある再生可能エネルギーだが、すべての課題をクリアーできるわけではないことを知っておく必要がある。様々な視点からの検討が必須で、均衡点はどこかを探すのが重要だ。
私たちの生活と四万十川の歩み寄りの均衡点
これまで、佐賀取水堰を中心に四万十川とダムをめぐる物語を見てきた。
人が、電気が必要だとダムを建て川をふさいだが、一方で、自然の四万十川を取り戻そうとダムをなくそうとした人達もいた。
つまり、すべてが私たち人間の見方や考え方次第なのだ。私たちは四万十川や自然のためだと言いながら、結局は、私たちのために動くことしかできない。その一挙一動が、四万十川へ大きな負荷をかけることもあり、救うこともある。だからこそ、今の私たちは、四万十川とダムにどう向き合うべきか改めて考えたい。
今回の取材で、佐賀取水堰の建設当時を知っている90代のおばあちゃんに会った。
「自転車もなかった頃、佐賀取水堰を作るためにたくさんの見たこともないものや人がやってきて、初めて電気がついた。沈んでしまったものもあるけど、春は桜もきれいだし、船で渡っていたのに、対岸へ車で行けるようになった。このまま、今まで通りでいいんだ。」
佐賀取水堰撤去運動に奔走していた人、そしてダム上流に住む人に会った。
「当時はいろいろ模索して頑張ったけど、結局、四万十川全部で団結できなかった。今は、ダムの人たちも地域のおまつりに来て、よくしてくれてる。とても助かってるんだ。この辺りも年取った者ばかりになってしまった。ダムの人達がいないともうおまつりはできないよ。川が汚いのは、山が壊れ始めてるから。それをどうにかしないと。」
撤去運動から長い年月が過ぎ、時代も大きく変わり生活も変化した。
電気を使わない生活は想像もできない。今回出てきた2つの発電用ダムは、高知県西部の電力供給の30%を賄い、そのほぼ100%が流域に住む私たちのために使われている(図7)。四万十川の水は返ってこないが、四万十川のエネルギーが四万十川流域の住民生活に還ってきているのだ。
当時、反対運動をした人たちも折り合いをつけながら、ダムと歩み寄った。時が流れた今、私たちは、四万十川を大切にしたいという気持ちと、今の生活を守りたいという気持ちが共存している。四万十川とダム。どちらも必要だからこそ、私たちは、どちらも守れる均衡点を探り続けていかなければいけない。
撤去運動当時と比べて変わり始めたと感じることが一つ。四万十川を思う気持ちや自然環境に対しての価値観や熱量の変化だ。時が経って、あきらめにも似た冷めた気持ちや関心の薄れを感じる。
今後、四万十川に大きな環境負荷が懸念される事態が生じた時、私たちはそれに気づき、動けるのだろうか。快適な生活の中で、知らないうちに四万十川が壊れ始め、気づいたときにはもう遅かったという状況を迎えることも考えられる。
私たちは、この変化をどう受け止めるべきだろう。
四万十川とダムの関係から今一度考え始めてほしい。
注釈
*1水利権(更新):
水利権とは、特定の目的(水力発電、かんがい、水道等)のために、その目的を達成するのに必要な限度において、流水を排他的・継続的に使用する権利のことをいいます。具体的内容は、その許可に附された「水利使用規則(水利使用の許可の内容及び条件を定めたもの)」によって定まっています。
≪参考:「水利権について」国土交通省
https://www.mlit.go.jp/river/riyou/main/suiriken 2021.3.25≫
*2有効落差:
有効落差は、総落差からこれらの損失落差をひいたものになります。発電出力を求める場合は、この有効落差を使用します。
総落差:総落差とは、取水位(取水地点の水面標高)と放水位(発電所から放水される水面標高)の標高差(高低差)です。
損失落差:導水路の勾配や水圧管の摩擦などによる損失(ロス)等を損失落差と言います。開きょを有する水力発電所には①水路勾配による水路損失落差②水圧管の損失落差③放水口の損失落差があります。
≪参考:「よくあるご質問」日本小水力発電株式会社
http://www.smallhydro.co.jp/faq 2021.3.25≫
*3固定堰:
堰とは河川を横断して水位を制御する構造物のことで、中でも水位、流量を調節する機能をもたない堰を固定堰と呼びます。
≪参考:「知られざる固定堰」信濃川大河津資料館
http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/ohkouzu/tayori/tanken/tanken-6-koteizeki 2021.3.25≫
*4総貯水容量:
堆砂容量、利水容量、洪水調節容量を全て合計したもの。
≪参考:「総貯水容量」最上川電子大辞典
http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/enc/words/03sa/sa-022 2021.3.25≫
*5河川維持流量:
維持流量とは、舟運、漁業、観光、流水の清潔の保持、塩害の防止、河口の閉塞の防止、河川管理施設の保護、地下水位の維持、景観、動植物の生息地又は生育地の状況、人と河川との豊かな触れ合いの確保等を総合的に考慮し、維持すべきであるとして定められた流量。
≪国土交通省河川局 河川環境課正常流量検討の手引き 平成19年9月より≫
*6発電ガイドライン:
「発電ガイドライン」は、発電事業者に発電用ダム等から一定の河川維持流量を下流河川に流す措置を行うもので、国産のクリーンエネルギーとしての水力発電の重要性も踏まえつつ、河川環境として、最低限必要な河川流量の確保を、各発電所の水利権更新の時期にあわせて行っていくものである(この措置は発電事業者の協力によるものであり、この措置によって生じる減電に対して補償は行っていない)。
≪国土交通省 河川環境改善のための水利調整-取水による水無川の改善-平成15年3月より≫
*7調整池:
ダムによって川がせき止められてできた人工的にできた湖のこと。ダム湖ともいう。消費量の増加に合わせた発電を行う際に調整池によって水の調整が行われる。
*8河川法:
河川について、災害発生防止、河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるよう管理することにより、国土の保全と開発、公共の安全と福祉を増進することを目的にした法
≪参考:河川法第1条より≫
*9一級河川:
国土保全上又は国民経済上特に重要な水系で政令で指定したものに係る河川(公共の水流及び水面をいう。以下同じ。)で国土交通大臣が指定したものをいう。
≪参考:河川法第1条より≫
*10河川管理者:
河川は公共に利用されるものであって、その管理は、洪水や高潮などによる災害の発生を防止し、公共の安全を保持するよう適正に行われなければなりません。この管理について権限をもち、その義務を負う者が河川管理者です。具体的には、一級河川については、国土交通大臣(河川法第9条第1項),二級河川については都道府県知事(同法第10条),準用河川については市町村長(同法第100条第1項による河川法の規定の準用)と河川法に定められています。
≪参考:「河川管理者」最上川電子大辞典
http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/river/enc/words/02ka/ka-006 2021.3.25≫
*11朝鮮の人:
第2次大戦中、ダム建設のために当時日本の植民地であった朝鮮より朝鮮人労働者が動員されていた。ダム建設の際に犠牲となった朝鮮人労働者を追悼するため「津賀ダム平和祈念碑」が2009年に建てられている。詳しくは、「幡多高校生ゼミナール」が1990年ごろにこの件に関して調査している。
*12小水力発電:
世界的には各国統一されておりませんが、概ね「10,000kW以下」を小水力と呼んでいます。発電方式の分類では、一般河川、農業用水、砂防ダム、上下水道などで利用される水のエネルギーを利用し、水車を回すことで発電する方法です。
*13四万十川条例:
高知県では、平成7年度に、四万十川を活かした流域振興を図る総合対策の指針として、「清流四万十川総合プラン21」(平成8年から17年)を策定し、清流四万十川と地域の振興が調和する流域づくりを進めてきました。このプランの趣旨を踏まえ、条例という形により、環境をテーマにした魅力ある地域づくり、誇りある地域づくりを一層進めるため、「高知県四万十川の保全及び流域の振興に関する基本条例」(略称:四万十川条例)を平成13年3月に制定し、さまざまな取組を行っています。
≪参考:高知県文化環境部清流・環境課 四万十川条例のあらまし 2006年8月≫
*14バイオマス発電:
「バイオマス」とは、動植物等の生物から作り出される有機性のエネルギー資源で、一般に化石燃料を除くものを総称しています。そのエネルギー源を燃焼したり、あるいは一度ガス化して燃焼したりして発電するしくみを「バイオマス発電」といい、バイオマス燃料を燃焼することでタービンを回し、発電機を動かすことで発電を行います。様々な燃料があるが、高知県では木質バイオマス発電の利用拡大を進めている。
≪参考:「図解でみるエネルギーのしくみ」SBエナジー株式会社
https://www.sbenergy.jp/study/illust/biomass/ 2021.3.25≫
*15瀬切れ
河川の流量が少ない渇水時に、水が河床の砂礫内を流れてしまい、表面に水が流れていない状態(魚の移動は不可能)。
≪参考:「河川用語集」静岡県交通基盤部河川砂防局河川企画課
http://www.shizuoka-kasen-navi.jp/html/glossary/glossary103 2021.3.25≫
*16ラジアルゲート:
表面が円弧状で、その曲線の中心を軸として回転することによって開閉する構造のゲート
≪参考:「ダム事典[用語・解説](ゲート)」ダム便覧
http://damnet.or.jp/cgi-bin/binranB/JitenKM 2021.3.25≫
*17計画堆砂量
ダムは、通常100年間に貯まると想定される土砂の量を堆砂容量として、治水・利水容量とは別に容量を確保しています。つまり、堆砂量100%になっても使用可能な水量は確保されます。
*18DO 溶存酸素
水中に含まれる酸素の量を示します。水中の酸素は、水生生物の生活には不可欠なもので、魚類等の呼吸や有機物の好気性分解に使用されます。有機物による汚染が著しいほど低い値を示します。
≪参考:「管理室の仕事」中津川管理室
https://www.water.go.jp/kansai/nakatsu/work/work_02 2021.3.25≫
*19 今後、仮に老朽化などによって撤去解体となった場合は、溜まった堆砂は下流へ流れ込む。他県では排出された堆砂で海洋環境が打撃を受けたと疑われる事例も存在する。
参考資料
1,流域の環境保護 依光良三 日本経済評論社
2001年9月20日発行
2,四万十川・歩いて下る 多田実 築地書館
1995年6月27日発行
3,川は生きているか 天野礼子 岩波書店
1998年5月25日発行
4,蘇れ四万十川 大正町
2001年3月31日発行
5,佐賀取水堰関連の河川環境調査報告書 佐賀取水堰に係る専門家会議
2010年11月
6,梼原河川状況調査会技術検討会報告書 梼原河川状況調査会技術検討会
2018年8月
7,家地川ダム撤去運動への視点 田渕直樹 水資源・環境研究vol.22 2009
謝辞
この度は、(公財)四万十川財団の清流通信への取材を快くご対応いただきありがとうございました。皆様から頂いたお話や資料を基に今回の記事を作成することができました。これからの四万十川とダムを考える機会を提供できたことに心より感謝申し上げます。
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