京都大学宇治キャンパスで行われた応用生態工学会 公開シンポジウム「森川里海を繋ぐ『砂の道』~総合的な流域管理に向けて~」に参加してきました。

応用生態工学会
https://www.ecesj.com/

「〈応用生態工学〉のめざすところは、端的にいえば生態学的知見を土木工学の分野に応用することにある」

川那部浩哉 京都大学名誉教授 「応用生態工学とは何か、それは今後どのように進めていくべきか」より

四万十川と文化的景観、四万十川と河床環境の変化の2つの視点から学んできました。シンポジウムでは、3名の外国人と3名の日本人、計6名が登壇しました。

  • マット・コンドルフ教授 カルフォルニア大学バークレー校(アメリカ)
    • 洪水流下と河川の連続性確保のための河道拡幅と氾濫原の再接続
  • エレン・ウォール教授 コロラド州立大学(アメリカ)
    • 河川における土砂の連続性
  • マリエル・エバース教授 ボン大学(ドイツ)
    • 水文気候変動と形態学的時空間ダイナミクス
  • 竹門康弘客員研究員 大阪公立大学
    • 流砂系総合土砂管理による生息場改善の展望
  • 中野大助上席研究員 一般財団法人電力研究所
    • 耳川水系総合土砂管理と生態系復元~持続可能な流域管理を目指して~
  • 瀧健太郎教授 滋賀県立大学
    • 流域治水の展望と課題

まとめ

  • 流れの変動+流砂の変動+流木の変動
  • 平均量と変動量 多すぎても少なすぎても×
  • 土砂は粒度分布が重要
  • 河川地形が重要(蛇行、川幅、瀬淵構造、比高差、更新頻度など)
  • 河道側の対策も重要(部分拡幅、待受工法:中聖牛など)
  • 縦断連属性+横断連続性(接続性)
  • 土砂管理は「連立不等式」:治水、利水、環境、経済、社会など
    • 各観点から許容できる範囲を提示、その中で共通解、目的関数の最適化
  • 河川の維持流量のように、維持土砂量(流砂量)はきめられるか?
    • EUの事例:Bed Load Buget(土砂供給の義務化)
  • 河道の掃流力と流砂量のバランス
  • 様々な関係者に、必要性をどのように説明すればいいか?

河床環境変化の視点から

以前、清流通信で砂防ダムに関する記事(→清流通信305章こちら)を配信した際に、「総合的な土砂管理」を国交省が目標に挙げていることを知り、その後の動きに注目していた。今回のシンポジウムのテーマとなっている考え方がどう広まるのか、どういう風に理解されていくのか、課題などに注目して今回のシンポジウムを聞いた。

四万十町昭和にある砂防ダム

竹門先生は、「生き物たちが暮らす生息場を理解する重要性」を強調していた。「生息場」は変化する地形構造で、これについては生息の変動様式を解明する「生息場学」という研究分野がある。裸地から遷移して植生化するまでに、水がたまり、深浅ができ、植物による日影環境の形成、水質の変化などが起きていく。その変化の過程で生物の好適性も変化するので、住む生物も変化していく。今の生息場の特性をしっかり捉え、問題点を確認し、管理手段や対象を考えていくことが必要だと言われていた。各河川がどんな動態・ダイナミズムを持つべきか。ダムごとに堆砂推定の落としどころを作り、目標値に近づけていこう。先生は総合土砂管理における局所対応策(上流の置き土に対する応答)として聖牛をあげていた。木津川で一定の効果を上げ、安価で住民でも作りやすいという。

竹門康弘先生の発表

中野先生の発表は、耳川水系のダム通砂運用が、川だけでなく海の生態系にも影響を与えるという内容だった。耳川の上流にある、末端部の土砂堆積が起きていたダムの改造と運用変更を行い、堤体の切り下げと大型ゲートの設置により通砂を可能にした。それにより、瀬淵の増加、わんどができるなどダム下流の生息場の多様性が増加した。併せて海域底質の変化も観測したところ、細砂状態から中礫が多い海底へと変化していた。この変化がどのような影響を生物に与えているかは今後の調査する予定だという。このことから、土砂供給については海底の環境も一緒に考えていく必要があると分かった。

中野大助先生の発表

四万十川だけでなく、全国の河川が同じ問題に直面している。ただ、改善方法は川の状況によって違うので、まずは竹門先生が言っていた「この川はどんな動態(ダイナミズム)を持つべきか」を話合う場が必要だと感じた。四万十川で暮らす生物の生息場の変化を捉え、変化に対応するために何ができるのか。改善方法の一例で、耳川のようなダムからの土砂供給があるのだろう。耳川のような例を見ると、ダム通砂が一番だと思ってしまうが、その前に、生息場にどんな粒径の砂がどれくらい必要で、それはダム通砂で解決されるのかという議論が必要だと思う。砂防ダムの切り下げという手段もあるかもしれない。いずれにせよ、下流域の住民の安全確保も必要で、今回のシンポジウムで、山から海までの総合的な管理が必要だということがよくわかった。ただ、総合的土砂管理を理解するのが難しい。専門家からわかりやすく必要性を説明してもらう機会があれば良いなと思った。四万十川で河床環境改善に向けた動きがはじまる中、多くの専門家、行政、住民の情報共有が何よりも必要な時期だと感じた。

文化的景観の視点から

 四万十川流域の文化的景観の中心には四万十川がある。四万十川がなければ、流域の暮らしは成立しない。暮らしの景観を文化財としてとらえる文化的景観においても、四万十川の保全は重要な視点だ。しかし現在、さまざまな要因から四万十川の豊かさが失われつつあり、その一つの要因には、自然と人間の付き合い方のバランスが少しずつ崩れてきていることがあるのではないかと思う。四万十川流域では、山や川から水や食料といった恵みを受けながら、その恵みをもたらす環境を守るため、自然に適度に手を加え、守りながら暮らしてきた。時に大きな災害をもたらす川であっても、洪水を防ぐのではなく、水が来ない場所に居を構えるなど、自然に抗わずうまく付き合いながら暮らしてきたのだ。しかし今、安全な暮らしを求めるあまり、そのバランスが崩れてしまっているように思う。そのバランスを取り戻すためにはどんなことを考えればいいのか、今回のシンポジウムでたくさんのヒントを得ることができた。
 四万十川でも現在、生き物の数が減少している。上流から土砂が供給されず、生き物が暮らせる環境が少なくなってきていると聞く。今回のお話にあったダムの土砂を下流に供給するという話は、流域の人と自然の新しいバランスのとり方の一つになるかもしれない。
 また瀧先生の発表では、水害から身を守る町づくりを目指し、どんな地形で氾濫がおきやすいのか、また過去のデータや計算から、10年から1000年単位でどれくらいの確率でどれくらいの規模の洪水が起きるのかを導きだし、それに合わせたまちづくりを考えていくことが必要だとあった。四万十川では、川から遠い山裾に家を建てるなど、洪水をあらかじめ考慮した土地の使い方がされており、またどこまで水が来るかという知識が共有され受け継がれていたことで、洪水に強い町づくりができていたのだと思う。振り返って現代、知識の継承が途切れそうになっているなかで、今一度瀧先生の指摘のように、どこにどんなリスクがあるのかを把握し、安全に暮らしていくためにどうすればいいのかを考えることが必要なのではないかと感じた。