いつも清流通信をご愛読いただきありがとうございます。みなさんは「 文化的景観 」という言葉を聞いたことがありますか?人間の暮らしが形作る景観にはリズムがあって、例えば、四万十川流域では、川を中心にしたここならではの集落景観が構成されています。川に近く浸水しやすいエリアは水田として利用し、川から離れた日当たりのいい山裾に家を建て、すぐ後ろの背山で果樹等を栽培し、集落で大切にしているお墓や神社は家よりも高い場所に設置する、というふうに、土地土地の自然環境に合わせて選択して来た結果が表れている景観を「文化的景観」といいます。そんな文化的景観のなかでも特に重要なものを、自治体の申し出を受けて国が重要文化的景観として選定します。四万十川流域もこの重要文化的景観に選定されており、今年で15周年を迎えました。今回と来月の2回に分けて、四万十川流域での文化的景観の保全活用に向けたこれまでの取り組みを振り返ってみたいと思います。
四万十川流域の文化的景観
四万十川流域は、平成21年2月12日に国の重要文化的景観地に選定され、今年で15周年を迎える。四万十川流域の文化的景観は、源流域・津野町の「源流域の山村」、最大支流梼原川が流れる梼原町の「上流域の山村と棚田」、中土佐町の「上流域の農山村と流通・往来」、中流域にあたる四万十町の「中流域の農山村と流通・往来」、下流域である四万十市の「下流域の生業と流通・往来」の5つの文化的景観で構成されている。自治体をまたいだ広域での選定は四万十川流域が初めてであり、選定にあたって、流域で育まれてきた景観や文化を守り発展させていくことを目的に、「四万十川流域文化的景観連絡協議会」(通称:文景協)を設立し、流域で一体となって調査や計画の策定に取り組んだ。選定後も同協議会を月に1回程度開催しながら、連携して文化的景観の保全活用に取り組んでいる。
四万十川流域文化的景観連絡協議会の取り組み
四万十川流域文化的景観連絡協議会(以下:文景協)は流域5市町の教育委員会部局と、そこにオブザーバーの高知県、事務局の当財団で活動している。平成21年度には四万十川流域の文化的景観のロゴマークを作成、併せて重要な構成要素を紹介する看板を設置し、これらのデザインは流域で共通したものとした。また、平成25年から27年にかけて県内外から大学生を招き、文化的景観の活かし方を考える四万十川流域5市町連携学生キャンプを実施。市町ごとにプログラムを組み、講師には地域住民の方にも協力していただくなど、行政担当者、地域住民、大学生とで交流しながら、文化的景観への理解を深める機会となった。しかしその一方で、自分たち自身でも理解を深めていく必要性を認識し、平成29年度からは、文景協で景観学習会を開催。各地域に赴き、地域の歴史や景観の成り立ち等について、地元住民や担当者に説明してもらいながら勉強した。
このように流域で連携しながら文化的景観の保全活用に向けて動いてきたが、選定から年月が経つにつれて、運用上の課題も見えてくるようになってきた。そこで取り組んだのが、「 保存活用計画 」の改定である。
文化的景観保存活用計画の改定
「 文化的景観保存活用計画 」とは、選定申し出の際に文化庁に提出する、当該文化的景観の価値と、価値に基づいた景観の保存・活用の方針をまとめたもので、分かりやすく言うと、自分たちの地域の景観にはどんな特徴があって、何が大事なのか、またそれらをどう守っていくのかが書かれたものである。もちろん申請時に流域市町でも作成はしたが、選定から10年近く経過した頃から、山や川の環境に大きな影響を及ぼす恐れがある自然再生エネルギー等の大規模な開発計画等、当初想定していなかった課題への対応や、地域内での世代交代が進み、文化的景観への認知が薄れてしまっていることが大きな課題として浮かび上がった。また、選定申し出の段階で各市町について文化的景観の価値整理はしたが、四万十川流域全体の価値については未整理であった。そこで、流域で共通する景観の特徴や価値を整理し、新たな課題への対応方針を整えるため、5市町で連携して保存活用計画の見直しを行うことにした。
令和3年~4年度にかけて文景協で協議しながら検討作業を行い、令和5年度に新しい保存活用計画を策定した。協議を通じて、流域全体に共通する文化的景観の価値をまとめ、今の風景がどのようにして成立したのか、流域の風景を受け継いでいくために何を大切にすべきなのかを確認することができた。四万十川流域の文化的景観は、山と川が作った小さな土地で、山や川とうまく付き合いながら持続的な暮らしを営んできたことによって作られた景観であり、この景観を維持していくためには、豊かな自然環境や生物多様性が守られること、山や川を利用した暮らしの文化が継承されること、集落の土地利用のルールが守られていくこと等が必要だ。今回改定した保存活用計画には、流域の文化的景観の価値や、文化的景観の継承に向けた保存や整備の考え方が詳しく記載されている。自分たちの地域の景観や暮らしの成り立ちを知ることができるツールでもあり、新しい気付きや発見があると思うので、ぜひ地元の人にも読んでみてほしい。各市町の保存活用計画は以下の市町HPから確認できる。
今回の改定で再整理した四万十川流域の文化的景観の価値については来月の清流通信で詳しくご紹介するのでご期待願いたい。
サスティナブルシマント
保存活用計画改定と並行して、令和4年度から5年度の2年間で、流域で連携した情報発信事業にも取り組んだ。選定から年月が経ち、地域内における文化的景観の認知度が薄まりつつあるなか、再度、地域内、もちろん地域外に向けても情報発信を強化していく必要がある。また選定以降、各市町でも個別に情報発信は行っていたが、流域で統一した発信が不十分であった反省から、文景協で仕組みを整備することにした。そこで作ったのが「サスティナブルシマント」(以下:SS)である。SSには、四万十川流域に根付く山・川と関わりながら営んできた持続的(サスティナブル)な暮らしに光を当て発信することで、文化的景観および流域の持続的な暮らしの継承につなげようという想いが込められている。そのため、四万十の文化を理解するうえで重要なものであると価値づけたうえで発信していけるよう、上記の暮らしに関わる文化や四万十川の魅力にかかわるモノ・コトを共通の価値基準で評価し認定することとしている。情報を5市町で共有することで一貫した発信ができるため、より効果的な情報発信につながることが期待されている。
昨年度は、鮎や沈下橋など四万十川を代表する川の文化や、伝統的な漁法・祭礼行事などの四万十の文化をSS認定し、ウェブページでの発信や、看板の設置に向けて準備を進めているところである。ウェブページは近いうちに整備し、公開していきたいと考えているので、完成次第メルマガのほうでもお知らせしたい。
今後の展望
さらに昨年度から今年度にかけては、保存活用計画の改定に合わせた「 整備活用計画 」の見直しを行っている。「 文化的景観整備活用計画 」とは、保存活用計画で示した文化的景観の保存・整備に向けた方針をもとに、今後5~10年間で具体的にどんな取り組みを行っていくのかをまとめた、いわばアクションプランだ。選定15周年の今年は、流域で連携して地域内住民や事業者に向けて、再度文化的景観への認知を高めるための普及啓発事業を行っていくことにしている。今後はさらに地域に出て、地元住民と一緒に文化的景観の視点を生かした地域の魅力づくりを目指す他、農林・水産部局や産業振興部局など、役場内の横の連携を強めながら、四万十川らしい豊かな暮らしを守り、後世に繋いでいきたいと考えている。
保存活用計画の見直しや新しい情報発信の仕組みの整備、普及啓発事業を通じて、以前より文化的景観の保全に向けた運用・活用がやりやすい状況を整えることができた。これからはこのベースをもとに、さらなる文化的景観の発展に向けて、引き続き文景協を通して連携しながら、運用に励んでいきたい。
次回は今回の作業を通して見えてきた四万十川流域の文化的景観の価値について詳しく紹介する。