廣瀬 裕仁(ひろせ ひろひと)

廣瀬 裕仁さんの基本情報

・津野町出身 

・昭和30年生まれ

・シャビキ漁の名人、建網づくり

廣瀬さんってどんな人? 

豊田さんの紹介で、平成28年からリバーマスターになっていただいた廣瀬さん。リバーマスターの勉強会にも毎回参加してくださり、川の知識や漁の技術を惜しみなく教えてくださっています。特に、シャビキ漁や網漁の腕前は達人級。四万十川水系の北川川で獲ったアユを提供してくださり、今年の大人塾では、塾生のみなさんとその味を楽しませていただきました。

大人塾で美味しくいただきました!

実は北川川のアユは、全国のアユの味を競う「清流めぐり利き鮎会」において、第16回(2013年)と第21回(2018年)の2度にわたり、見事グランプリ(日本一)に輝いています。廣瀬さんが届けてくださるアユの価値を知ると、より一層ありがたみが増します。

今回の取材でも、帰り際にお土産としてアユをいただきました。いつも本当にありがとうございます。

いただいたアユは、1匹ずつ専用の袋に入れ、水を入れて真空状態にして冷凍保存されています。冷凍焼けを防ぐための工夫です。さらに外袋のジップロックには、獲れた日時、漁法、重さ、オス・メスの別まで細かく記録されています。

その丁寧な仕事ぶりからも、廣瀬さんの几帳面な人柄が伝わってきます。

川とのつながりは幼少期から

廣瀬さんは、もともとは郵便局の職員でした。同じくリバーマスターで、郵便局員だった岡村猛さんとは現役時代からのご友人です。現在も交流は続いており、たくさんのお米をつくる岡村さんからお米を分けてもらう一方で、廣瀬さんは北川川のアユを送るなど、川を通じたつながりを大切にされています。岡村さんも「やっぱり上流のアユはうまい!」と太鼓判を押すほど、北川川のアユは格別な味わいです。

そんな廣瀬さんが川漁を始めたきっかけには、お父さんの存在がありました。お父さんは床屋さんを営んでいましたが、「店より川の方へよけいおった」というほど漁が大好きな方で、ほぼすべての川漁をこなしていたそうです。

廣瀬さんは小学生の頃から、建網漁に連れて行ってもらったり、庭先で投網の練習をしたりして、自然と川の技術を身につけていきました。当時使っていた投網は、絹糸を柿渋で処理した約1ヒロほどの小さな網。「漁について行って、いろんな経験をさせてもらった」と、少年時代を懐かしそうに振り返ってくださいました。

シャビキ漁へのこだわり

幼い頃から培った経験をもとに、退職後、本格的に取り組み始めたのがシャビキ漁です。8mのコロガシ竿に道糸1.5号、5号のオモリ。その下に半ヒロほどのハリスをつけ、両掛針を3本セットします。一般的にはもっと多くの針を使うこともありますが、廣瀬さんは「3個が絡みにくく、何セットも作っておけば効率よく交換できる」と話します。また、水中に入ったオモリを見やすくするため、白いマスキングテープを巻く工夫もされています。

ひとシーズンに何百匹ものアユを掛けるほどの腕前を持つ廣瀬さん。その秘訣を尋ねると、

「よく観ること」
「立ったところから動かないこと」
「アユを驚かせないこと」

そして、上手な人には「何か変わったことしやせん?」と積極的に聞くことだと教えてくださいました。常に学び続ける姿勢こそが、廣瀬さんの技術を支えています。

70歳の手習い ― 刺網・建網づくり

シャビキ漁だけでなく、建網漁や火振り漁もされる廣瀬さんが、満70歳を迎えてから新たに挑戦したのが、刺網・建網づくりです。

網づくりは決して簡単な作業ではありませんが、「70の手習い」として始め、今年だけですでに11枚もの網を作り上げました。浮子(アバ)の部分には、数字が並んで書かれています。これは網の設計図なんだそうです。

取材を終えて…

川を知り、魚を知り、道具を自ら作り上げる廣瀬さん。培われた知恵や技術、そして川とともに生きる楽しさは、これからの世代へ受け継いでいきたい大切な宝物です。廣瀬さんの背中が、川と向き合いながら暮らすことの豊かさを、静かに伝えてくれるのでした。

廣瀬さんが育てられた大文字草