かみこやがオープンしたのは、2006年7月。当時は全国的にグリーンツーリズム(※農山漁村に滞在し、農林漁業体験や自然とのふれあい、地域の人々との交流を楽しむ余暇活動のこと)の機運が高まった時期だった。中山間地域が舞台ということもあり、自然豊かでネームバリューもある四万十川にはまさに打ってつけであったことから、流域各地で農家民宿や農家レストランが誕生し、多くの観光客を呼び込んできた。なかでもかみこやは紙漉き体験ができる珍しいお宿として人気を呼び、開業から20年経った今もなお、お客さんが絶えない人気宿だ。
そんなかみこやの20年について、オーナーのアウテンボーガルト千賀子さんに振り返ってもらった。


地域文化を守りながら
かみこやを営むのは、アウテンボーガルト千賀子さんと、息子の陽平さん。夫であるオランダ出身のロギールさんは和紙職人で、30年ほど前に家族で梼原町に移り住んだ。かみこやがある梼原町の太田戸上舞地区は、かつて紙の原料である楮や三椏の生産が盛んだった地域。楮や三椏栽培に適した環境で、ノウハウを持った住民もいるうえ、四万十川源流域なので水もきれいとあって、紙すきをするにはうってつけの場所だった。
「もともと上舞は楮や三椏の生産が盛んなところで、ノウハウを持っている人が多くいたんです。そこで住民が『やなぎばた会議』という組織を作り、三椏づくりをしながら伝統文化を残す取り組みをしていました。この組織が母体となり、三椏づくりの文化を守りながら、紙漉き体験を通して上舞を盛り上げることを目的に、かみこやは誕生しました。当時はお宿の他にカフェやランチもやっていたんですが、そのお手伝いもしてただき、本当に地域全体にサポートしてもらってかみこやが稼働していたなと思いますね。また、役場もツアーを紹介してくれたり、和紙を使ってくれるなど、いろんな面で応援してくださいました。おかげで、これまでたくさんの方にかみこやを訪れていただき、人の出入りも多い賑わいある地域づくりにつなげられたので、少しでも恩返しができているといいなと思いますね。」
『やなぎばた会議』のやなぎとは、三椏のことだそうだ。三椏生産の他、お宿やランチで提供する料理の野菜や山菜なども栽培するなど、全面的にかみこやをサポートしながら、地域づくりに取り組んだようだ。かみこやのオープンには周囲の支えが欠かせなかったと語る千賀子さん。一方で、地域のみなさんも、地域が伝統文化でまた元気になるのではないかと期待したのだと思う。


四万十川すみずみツーリズムと歩んだ20年
また、地域の方に加えて、仲間にも支えられて今があると千賀子さんは振り返る。それは、清流通信でもたびたび紹介してきた「四万十川すみずみツーリズム連絡会(以下、「すみずみ」)」の存在だ。「すみずみ」は、四万十川流域の自然や日常の暮らし、文化を体験できる施設が集まった団体で、その多くは個人で営む小規模施設だ。前身となった「四万十川グリーンツーリズム連絡会」は2006年に発足しているが、その頃に流域で数多くの農家民宿がオープンした。
「最初から関わっていますが、当時はグリーンツーリズムの最盛期で、四万十でも同時多発的に農家民宿がオープンしました。その頃は県の支援も厚く自治体のサポートもあったので、グリーンツーリズム連絡会もできて、みんなで情報交換をしながら不安や疑問を共有していました。誰もが右も左もわからないなか支え合ったので、今でも仲間のように感じています。今振り返っても、すみずみと歩んだ20年だったなと思います。いつも頭にありますし、古い仲間のことを想うこともしばしばです。最近は忙しくてなかなか連絡会に行けていなかったこともあって、みんなどうしているかなと、気になるのは仲間のことですね。『お酒の値段はどうしてる?』『うちはこうしてるよ。』とか、ささいなことですが、疑問や悩みを共有し、そのやりとりも楽しくて、仲間に支えられて今があります。仲間の存在が心のよりどころになっていたことは間違いないですね。」


1983年にNHKで四万十川特集が放送されて以降、四万十川ブームが巻き起こり、全国から観光客が押し寄せた。当時は宿泊施設が少なく、四万十の魅力にもっと気付いてほしい、地域を盛り上げたいという想いではじまったのが、農家民宿や農家レストランの開業だ。みんなが同じ方向を向いていて、一体感があったと千賀子さんは振り返る。
「一番印象に残っているのは、すみずみで統一の看板を作ったことですね。デザインについて何度もやり取りを重ね、やっと出来上がった看板と一緒にみんなで記念撮影をしたときのあの一体感は忘れられません。あとは、BBQの講師を呼んでみんなでBBQをしたり、ジビエや野草を使った料理教室をしたり、みんなでわいわい楽しみながら交流するのが楽しかったです。みんな高齢になって、やめてしまった施設もいくつもありますし、当時ほど意欲的に取り組めなくなっている方もいるかもしれませんが、すみずみは今後もぜひ楽しい企画を考えながら、続けていってほしいと思います。」


お宿を続ける楽しさ
これまで20年間お宿を続けてきて、今改めて「お宿をやっていてよかったな」と思うことはどういったことがあるのか伺った。
「振り返って思うのは、仕事としてお宿が成立したことに対する喜びですね。20年もの間、たくさんの方にかみこやを利用していただき、それで収入を得ることができました。知識もないところからのスタートでしたが、みなさんに喜んでいただけるように、お宿の知識を蓄え、自分なりに工夫しながら営業を続け、今もなおたくさんの方にお越しいただけていることが何より嬉しいです。また、やはりいろんなお客さんとコミュニケーションをとれることですね。紙漉き体験の時も、お宿のチェックイン・アウトの時も、なるべくお客さんとお話するようにしていますが、作業は同じでも毎回違う楽しさがあるなと感じます。近年は海外のお客さんがとても増えているので、いろんな国の方とお話しできるのは、お宿をやっているからこそだと思いますね。あと、お宿を育てていくこともとても楽しかったなと思います。小物を置いてみたり、テラスを作ったり、より過ごしやすくお客さんに喜んでもらえるようなお宿になるよう、小さな改善点を積み重ね、自分でお宿をプロデュースしてきました。それにお客さんからプラスの反応が返ってくるととても嬉しかったですし、それが自分にとっても喜びでした。毎日の積み重ねの20年でしたが、とてもいい時間だったなと改めて思いますね。」
20年の感謝を込めて





7月8日、20周年を迎えたことを記念して、かみこやは関係者を招いてのランチパーティーを開催した。高橋梼原町長をはじめ、昔からのお客さんや上舞地区の方々、開業時からサポートしている役場の方など、たくさんの方がお祝いに駆け付けた。テーブルには地域の食材をふんだんに使った彩り豊かな手料理が並び、参加者は美味しい料理を楽しんでいた。千賀子さんも、お客さんと思い出話に花を咲かせていた。


パーティーの途中、千賀子さんはオープン当時を振り返りながら、参加者に改めて20年の感謝を伝え、これからは息子と一緒にかみこやを続けていきたいと語った。パーティーでは、息子の陽平さんも来場者を迎え、談笑する姿が見られた。今までは千賀子さんがメインでお宿を切盛りしていたが、これからは陽平さんにお宿を任せたいと思っているそうだ。
「世代交代ですよね。息子もお宿を続けたいと思ってくれているようで、それはありがたいですね。実はここから10分ほど歩いた場所にある古民家をすでに取得していて、かみこや別館にしようと考えています。世代交代に伴ってスタイルが変わるのは自然な流れで、息子は経営を戦略的に考えてくれています。私が始めた頃は喜んでもらうことが先行して、コスパ度外視の料理を提供したり、サービスをしたりしていたんですが、年齢とともにそれも追いつかなくなりますし、旅行スタイルの変化もあり、息子からも素泊まりを勧められて、農家民宿からゲストハウスという形式に変えました。その時ちょうどコロナ禍ということもあって、テラスにキッチンを作ってBBQができるようにしたんですが、景色を見ながらBBQを楽しめると好評のようです。これも続けるための戦略なんですよね。すみずみも若い会員さんが増えてきて、今まさに転換期なんだと思います。これからは、息子に任せられるぶん、自分の時間に余裕ができるので、趣味の時間を満喫したいですし、すみずみの集まりにも参加して、またみんなとの交流を楽しみたいなと思っています。」


20年という月日が流れ、すみずみもかみこやも世代交代の時期を迎えている。でも、それは寂しいことでは決してなく、むしろ続いていくためのポジティブな変化でもある。高齢化で廃業する施設もあるなかで、「継ぎたい」と言ってくれた息子さんへの感謝はひとしおだろう。
20年を迎えて、ますます進化するかみこやのこれからに期待したい。
