福原 章弘(ふくはら あきひろ)

福原 章弘さんの基本情報

・高知市出身 

・昭和52年生まれ

屋形船なっとく 専務

福原さんってどんな人? 

「あきさん」の愛称で親しまれている福原章弘さん。高知市の街中で生まれ育った福原さんが、四万十川のほとりで暮らすようになったのは、結婚がきっかけでした。大自然に囲まれた四万十川へ移り住み、屋形船「なっとく」で働き始めます。

とはいえ、最初から川に詳しかったわけではありません。「川に入るのも初めて、何もかにも全く分からなかった」と福原さん。屋形船の操船も、最初の頃は「無風平水でしか乗れなかった」と振り返ります。

エンジンが止まったり、浅いところでプロペラを当ててしまったり。失敗を重ねながら、少しずつ川のこと、船のことを覚えていきました。四万十川は一見穏やかに見えても、風や水量、水深によって刻々と表情を変えます。実際に川に入り、船を走らせ、経験を積む。その積み重ねが、今の福原さんの確かな操船技術につながっています。

今ではすっかり余裕も生まれ、「お客さんより楽しんでいる」と笑います。時にはエンジンを切り、船を静かにしてウグイスの鳴き声を楽しむことも。夜の四万十川は静かで、空には星が広がり、季節になればホタルも舞います。「高知市には帰りたくない」と話すほど、四万十川での暮らしがすっかり日常になりました。

そんな福原さんにとって、船頭の仕事のやりがいは、お客さんの喜ぶ顔や言葉に出会えること。「楽しかったよ」「お弁当おいしかった」と声をかけてもらうと、うれしくなります。そして、その言葉を自分だけで受け止めるのではなく、お客さんと直接会うことの少ない調理場の仲間にも伝えるそうです。

お客さんの喜びを仲間と分かち合う。そんなところにも、あきさんの温かな人柄が表れています。

川の恵みを、自分たちの手で

屋形船「なっとく」は団体客の利用も多く、船上でお弁当を楽しみながら遊覧できます。お弁当はアユが人気で、1日に数百匹ものアユが必要になることも珍しくありません。

そのアユを確保するため、社長と専務の福原さん自らが川へ獲りに行きます。屋形船でお客さんを案内するだけでなく、料理として提供する川の恵みまで、自分たちの手で獲るのです。

義父で社長の実さん「あそこでアユがおるにゃあ」

なっとくの社長は、アユの居場所を見つける達人。取材の日も川面を見ながら「あそこにアユがおる」「あそこにアユの影が見える」と教えてくれました。

しかし、経験者であっても、言われなければなかなか分かりません。どこを見ればいいのか、何がアユの影なのか。詳しく説明してもらって、ようやく「これか」と認識できるほどです。長年、川と向き合ってきた人だけが身につけた、川を読む力なのでしょう。

二人は川舟に乗り込みます。社長が「とも」と呼ばれる船尾側で船を操り、アユの群れへと巧みに近づいていきます。そして福原さんが舳先から網を投げ、一網打尽を狙います。夜には、「フチマキ」とも呼ばれる火振り漁も二人で取り組みます。

これらの漁で大きな役割を果たすのが「とも」です。船の位置や向き、アユとの距離を的確に判断しなければ、福原さんが網を投げることもできません。

「社長じゃなかったら獲れない」

福原さんはそう話します。

義理の親子である二人ですが、川舟の上では息がぴったり。相手の動きを信頼し、阿吽の呼吸で一連の動作を繰り返します。そこには、失敗を重ねながら川に向き合ってきた二人だからこその、強い信頼関係が垣間見えます。

街の中で育ち、川に入ることさえ初めてだった青年は、今では四万十川の音に耳を澄まし、星空やホタルを楽しみ、アユの影を追って川舟を操るまでになりました。

自分の手で、網をつくる

福原さんは、フチマキで使う刺網を自分で仕立てています。「コツコツ地道な作業は割と好き」とのこと。さらに挑戦したのが、投網づくりです。慣れた人でも完成までに1か月はかかるという投網づくりに、福原さんはなんと2年をかけました。

「構造が理解できず、失敗して途中でハサミで何回か切った」

と、苦労を笑いながら話します。

それでも試行錯誤を重ねて完成させました。苦労してつくった投網を持って川へ出て、実際に漁をする。その喜びは格別です。「捕れなくても楽しいし、網が広がるだけで嬉しい」そう話す福原さんの表情は、とても満足そうでした。

魚が捕れることだけが漁の楽しさではない。自分でつくった道具を手に川へ出て、狙いを定め、網を投げる。そして自分の思い描いたように網が大きく広がる。その瞬間そのものを楽しんでいるのです。

「とんでもなく頑張り屋さん」

そんな福原さんの姿を、間近で見てきた先輩漁師の生川さんに尋ねました。繁忙期には屋形船「なっとく」の仕事も手伝う生川さんは、福原さんについてこう話します。

「とんでもなく頑張り屋さん。ひたむきに練習に励む。そんなあきさんの姿に、周りも見守り、応援したくなる。」

この言葉には、福原さんの歩んできた道がよく表れています。船の操縦も、アユ漁も、網づくりも、最初からできたものはありません。分からないことに向き合い、失敗して、またやってみる。地道な練習を重ね、自分の手を動かし、少しずつ技術を身につけてきました。

高知市の街中で育ち、「川に入るのも初めて」だった福原さんが、ひたむきに川と向き合うことで、今では川の魅力を伝えるリバマスになっていただけた事をとても嬉しく思います。あきさん、今後ともよろしくお願いしますね!