高知県の学校資料を考える会主催のシンポジウムに参加してきました。まだあまり世の中に認知されていませんが、全国の学校に残る文書類は、近代以降の教育・地域の歴史を語る重要な資料です。四万十川流域の市町でも学校統合が取りざたされている昨今、現状と課題を知るために参加してきました。

会について書く前に、「学校文書が地域の歴史資料」に疑問を持たれる方もいるかもしれませんので、その辺りについて先にご説明します。

たとえば、給食メニュー。米飯給食の開始、地産地消の動き、カロリー表示、アレルゲン除去食等、ここから分かることが沢山ある。運動会の種目にも世相は現れます(たとえば組み体操の消滅)し、日誌からもちろん分かることが沢山ありますよね。

これについて、高知城歴史博物館の渡部館長がこんな話しをしてくれました。

高知大の哲学の先生とある会で一緒になったときこんなことを言われた。

ー 自分は信州の小学校に疎開していたが、毎日何かの根っこを掘らされていたのを覚えている。ただ、低学年だったので、それが何の根か分からない。あれは何だったのかどうしても知りたいんだ ー

後にその小学校に調査に入る機会があって、当時の日誌を調べたら上級生は何貫、低学年は何貫今日は掘ったって記録を見つけた。それが何の根かというと”ワレモコウ”。この草は止血剤に利用されるが、当時の物資不足がこんなところにも現れていた。軍部から全国の学校に供出の指令が出されていたが、この草は蛇紋岩地帯にしか生えないので、地層帯が違う学校の記録には残らなかった。早速先生にその旨報告したところ、「ああ、これで私の戦中体験はやっと終わった」とおっしゃっていただいた。

学校資料が地域の歴史資料たり得ること、ご理解いただけたかと思います。

さて、会ですが、はじめに香川県立文書館の島田典人さんの基調講演で基本的な考え方と現状をおはなしいただいた後、目良さんからは高知県内の学校文書管理の現状について(一言で言えば基本的に3~5年で保存期限を過ぎ、学校文書管理規程や取り扱い要領を見直さないと早晩廃棄の運命にあるということ)、影山千夏さんからは追手前高校の140周年を記念した学校資料の展示企画について、高木さんからはかつて働いていた大分県公文書館での学校資料保存を経験して感じた課題について、それぞれ報告がありました。

今回のシンポジウムで学んだことは、今後高知県の学校資料を保存し活用していくために必要なのは、①学校資料保存活用のための法的整備を含めた仕組みを整えること、②資料の目利きができる担当職員の配置、③県と市町村、 知事部局・首長部局と教育委員会の連携だということだです。

①学校資料保存活用のための法的整備を含めた仕組みを整える

さきほども書いたように、現在の学校教育法施行規則に則れば学校文書は3~5年で廃棄しなければならない決まりになっています。先日の高知新聞にもあったように、県内のある学校が明治後期以来の学校日誌を廃棄しました。それに価値を感じた学校長が関係者に何とか保存できないか問い合わせし、教育委員会にも相談したところ、教育委員会からの回答は「ルールに沿って廃棄」で、やむを得ず廃棄したとのこと。これは、この町が先進的に学校文書の管理規程を定めていたが故に起きたことで、組織のルールをきちんと守ったが故に起きた出来事です。同じようなことが起きないようにするには、ルールの方を改めねばなりません。

②  資料の目利きができる担当職員の配置

これについては特に注釈は不要だと思います。資料の価値を判断し選別する専門の担当がどうしても要ります。

③ 県と市町村、 知事部局・首長部局と教育委員会の連携

県立公文書館は基本的に知事部局で、高等学校は教育委員会管轄です。これが小中学校になると市町村の教育委員会管轄ですから余計に遠くなって話しがすんなり通らないことがままあるとか。教育委員会でも話しが通らず校長会まで出向かないと駄目なケースも多いそうです。仮にそこまで行き着いても、文書の価値に理解のある校長とそうでない校長とでは対応に差が出ることも容易に想像が付きます。

それに加えて、保管場所の問題もあります。増え続ける資料をどう保存し活用していくかは永遠のテーマかもしれません。

今度高知にできる公文書館が上記課題にどれだけ踏み込んでいけるか、期待しています。