今回の保護実務研修会は、2泊3日で和歌山で行われました。文化庁主催で行われる本研修では、実際に文化的景観を生かしながら地域づくりをしている人から話を聞くことができ、本当に勉強になります。

初日  基調講演・事例発表

今回の研修は、農村における組織づくり・人づくりをテーマに行われました。1日目は基調講演に加え、2つの文化的景観選定地からの事例発表がありました。神戸大学の中塚教授による基調講演では、農村衰退の背景や原理について説明があり、そのうえで協働による地域づくりが必要であること、これからの組織づくりのために見直すべきポイントなどについてご教授いただきました。また事例発表では、熊本県山都町の西さんより、整備事業を通した住民との関わり方について、和歌山県有田川町の川口さんからは、整備を進める上での住民との合意形成や事業調整のポイントなどについて説明がありました。どちらの事例も農村が舞台であり、整備を通じて住民が求める「楽な農業」を、景観との折り合いを付けながらうまく調整していることがわかり、とても勉強になりました。

2日目 現地研修 有田川市 蘭島及び三田・清水の農山村景観

 2日目は、事例発表でも共有があった和歌山県有田川(ありだがわ)町の文化的景観を視察しました。選定エリア、同町の清水地域は、和歌山市から車で1時間程の距離にあります。蛇行する有田川によって形成された河岸段丘上にできた集落で、平地が少なく山の斜面を活用して家々が建ち並ぶ風景は、どこか四万十川流域に共通しているものがあります。この日は川口さんのガイドのもと、地域のシンボルであるあらぎ島や、文化庁補助を使って整備した事例を視察しました。

 まず初めに訪れたのは、金毘羅権現社。1823年に創建され、地元からの信仰が厚い神社です。林業が盛んだったころは、有田川を使った筏流しで木材搬出していたため、水難事故防止を祈願していたそうですが、現在は商売繁盛の神さまとなっているようです。ここは風倒木対策として防災整備で境内の木を伐ったそうです。境内に日光が入るようになったことで社殿の腐食を防ぐことにもつながり、一石二鳥の整備になったそうです。

金毘羅神社から歩いて5分程、続いて訪れたのは地域のシンボル、あらぎ島を見渡せる眺望スポットです。

この土地は昭和28年の水害で地滑りしてできた場所だそうで、あらぎ島の全景を見渡すことができます。時期的にもう稲は刈り取られていましたが、タイミングが良ければ青々と茂る稲や黄金色の水田を見ることができます。ここには普及啓発事業を使ってライブカメラが設置されており、YouTubeにていつでもあらぎ島の景色を楽しむことができます。カメラマンが撮影のタイミング確認にも使っているそうです。あらぎ島は四万十川でもおなじみの蛇行の突先にできた集落の地形と同じですが、川の規模が小さいためにコンパクトな地形になっていて、対岸から全体を見られる点は、四万十川ではできない見せ方なので、ここの強みだと感じました。

眺望スポットから斜面を登ってやってきたのは、西林家住宅。江戸後期の建物で、伝統的な農村住宅の特徴がわかる貴重な物件です。長く空き家になっていたそうですが、移住者の方が住むことになり修繕をしたとのことでした。修繕の際には家主と話し合い、平面は変えないこと、茅葺きの構造を維持すること(構造が維持できれば天井もOK)等を合意してもらったそうで、修景や屋根は補助金で、生活にかかる部分は家主に負担してもらったとのことでした。家主の方も、歴史的建物の保存への理解がある方で、水溜めを復元するなど、ポジティブな協力があったのもポイントだったようです。

ここで一旦お昼休憩。昼食は、有田川町名産の山椒を練り込んだお蕎麦と、山葵菜で包んだお寿司をいただきました。蕎麦もお寿司もとっても爽やかで美味しかったです。有田川町に行かれることがあれば、ぜひご賞味ください。ここでは、あらぎ島で稲作をされている保存会の方にもお越しいただき、地域の現状や文化的景観の受け止め方などをお話しいただきました。

昼食の後、集落を散策しながら、修繕した水路を視察しました。集落には農地に水を供給するための水路網「上湯」が走っており、その長さは全長3.2㎞にもなるそうです。江戸時代に作られたもので、今のような機械がないなか、3㎞以上の水路を掘削したとなると、相当な苦労を感じます。しかし、そのおかげであらぎ島をはじめとした広い農地を潤すことができるようになり、地域の発展に大きく貢献しました。有田川町では、この上湯の保存にあたって、一度全長を目視で確認し、積極的に修繕を行う箇所と現状維持をはかる箇所をゾーニング。写真左下が現状維持、右下が積極的に修繕をいれたゾーンです。修繕にあたっては、漏水させないことが一番大事なので、鉄板を張り付け、見た目よりも機能面を重視した整備を行っているとのことでした。

集落を登った場所にある西原観音堂。雨漏りやシロアリによる腐食等で傷んでいたところを、補助金を使って修繕しました。腐食した柱の取り換えや、基礎部分の補強のほか、景観上障害になっていた建物左側に付随していた倉庫を建物の奥に作り替えたことで、利便性も向上し、景観的にも改善したそうです。整備後には多くの住民が集まり、半世紀もの課題が解決されたこともあって喜びの声も多く聞かれたそう。文化的景観のメリットを感じてもらえるとてもいい機会になったとのことでした。

続いて訪れたのは、地域のシンボルあらぎ島。現在5軒の農家がここで耕作しており、全体面積28haのうち、24haが耕作地なんだそうです。先人がいかに丁寧に開拓をしたかが伝わります。ここでは農地に欠かせない水路や石積みの修繕を見学しました。四万十川も同じ問題を抱えているので、とても勉強になります。川口さんは、整備の際、丁寧に地元のヒアリングをすることが大事だと話します。農家さんは当然「快適に農業がしたい」と考えるもの。景観に配慮しながら、その思いにどこまで寄り添えるかが、難しいけれども大切なんだなと感じました。あらぎ島で一番大切なのは、農家さんが耕作を続けられることです。そのために、車両が通れるよう水路を一部暗渠化したり、高さ1m以上の石積みは練り石積みも可とするなど、柔軟な対応をしているところがとても印象的でした。時には割り切って(景観をないがしろにするわけではないですが)判断することも必要だということも学びました。

あらぎ島からみた眺望スポット。地滑りで出来た場所だというのがよくわかりますね。実はあらぎ島、基本的に農家さんしか入ることができません。今回は研修ということで特別に入ることができましたが、一般の方は普段は立ち入れない場所になっているので、お気を付けください。

あらぎ島から歩くこと約10分、笠松邸に到着しました。笠松家は庄屋の家系で、この地域に紙漉きの産業をもたらし、地域の発展を支えた一族で、この住宅ができたのは明治初期なんだそうです。そんな由緒ある住宅ですが、家主が転居した後は地域の集会所として利用され、その後空き家となっていました。現在は役場OBの三角治さんが営む会社が買い取り、一棟貸しのお宿として活用されています

最後に訪れたのは笠松邸すぐ隣に整備された砂防堰堤です。重要な構成要素である笠松邸の隣にできるとあって、文化的景観の整備委員会にかけ、施工業者と調整しながら整備してもらった事例です。当初は笠松邸から見える位置に堰堤ができる予定だったそうですが、委員会に土木の専門家に加わってもらいながら、ギリギリまで山側に下げること、山になじむように修景を行うことを調整したとのことでした。文化的景観を所管しているのは教育委員会なので、土木的な知識がなく調整が難しいですが、専門家を委員に入れることで、業者ともきちんと協議ができる体制を整えるのは、大事な視点ですね。

最終日 グループごとに発表

最終日は、人材育成のための地域づくりをテーマに、5班に分かれてグループワークを行いました。ワークのなかでは、現在地域団体においてリーダー、メンバー、サポーターが抱えている課題を洗い出し、その解決に向けたアイデアをまとめ、それぞれ3分で発表しました。

まとめの結果、地域団体の課題として、リーダーの成り手がいないこと、リーダーへの依存度が高く替えが効かないこと、などの意見が出ていました。また、メンバーについては固定化していること、主体的でない人もいること、サポーターについては、周知不足でサポーターが集まらない、会自体が閉鎖的である、サポートしてほしい内容が明確でない、などがあげられました。対策案として、あくまで地域が主体ではあるが行政が伴走しサポートする、広報やイベントの開催等で情報発信に努める、CSRなど企業にも協力してもらうことが必要ではないか、との意見がありました。ワークを通して住民グループの活動はどの地域でもなり手不足などの課題があることが共有でき、活動の維持にはソト(企業や関係人口)の力を取り込むための活動も積極的にやっていく必要があるのかなと感じました。

これにて3日間にわたる研修が終了。今回は農村が舞台だったため、流域の整備にも参考になる知見をたくさん得ることができました。講師の皆さん、文化庁のみなさん本当にありがとうございました。