10月30・31日に開催された全国文化的景観地区連絡協議会西予大会に行ってきました。今回の大会は愛媛県で文化的景観に選定されている宇和島市・西予市・松野町の3つの自治体が連携して開催されました。四国での全国大会開催は久しぶり。四万十川流域のお隣ということもあって、今回は流域市町の担当者も参加しました。

基調講演・事例発表

1日目は西予市狩浜で開催され、午前中に基調講演や事例発表、午後から現地視察が行われました。基調講演では、狩浜の文化的景観に長く関わってこられた京都府立大学の上杉和央教授より、「文化的景観のダイナミズム」と題して、制度設立から20年が経った文化的景観のこれまでの振り返りと分析、また狩浜の変遷についてお話があり、文化的景観とは地域らしさを見つけていくことであり、景観に表れていない地域らしさを支える要素もしっかり整理し守っていく必要があるとのお話をいただきました。また、事例発表では宮崎県日南市で村おこしに取り組む日高さん、福井県福井市で越前海岸の水仙畑の魅力発信や関係人口の創出に取り組む合同会社ノカテの髙橋さん、狩浜地域で四国・インドネシアの大学生とともに地域活動を展開している愛媛大学の笠松教授から、それぞれの取り組みについて発表がありました。

愛媛県と言えば、みかん!ここ狩浜も山の斜面を利用したみかん畑が広がっています。そこで、地元のご厚意でミカンジュース飲み放題、みかん食べ放題のおもてなしをいただきました。用意されたジュースの種類は全部で8種類。みかんってこんなに種類があるんですね、、、!私の推しは南津海(なつみ)と南柑20号。みなさんもぜひ飲んでみてください。

狩浜集落を視察

午後からは山コース、里コース、海コースの3グループに分かれて狩浜地域を散策しました。写真でもわかる通り、狩浜は海のすぐ後ろを山に囲まれた場所で、漁業の傍ら、山の斜面を段々畑にして農業を営んできた地域です。段々畑ではみかんを栽培し、狩浜の大きな産業になっています。山の高いところまで丁寧に石積みを積んで畑にしている光景は圧巻ですし、狩浜の人々の努力を感じます。


今回、わたしは里コースに参加したので、その様子をご紹介します。今回ご案内いただいたのは無茶々園スタッフの宇都宮さん。集落には、使い終わった舟材を活用して建てた蔵や、養蚕が盛んだった頃の家の造りなどが残っており、狩浜の暮らしの変遷を見ることができました。

ガイドの宇都宮さん

まず最初に訪れたのは春日神社。この神社があるのは、大狩浜という地区で、狩浜で一番栄えていたエリアなんだそうです。昔、この神社の御神体が盗まれたことがあり、海中で行方不明になっていましたが、ご神体を持ったタコが佐田岬の海岸で見つかり、無事にご神体が帰ってきたという言い伝えがあるそうで、今でも漁業関係の方はタコを食べないという風習もあるとのこと。社殿のなかにはタコに似た流木が祀られていました。また、地域が一番盛り上がる日が春日神社の秋祭りだと言い、牛鬼が出る他、神社の急な階段を3基のお神輿が駆け上がるシーンが見どころなんだそうです。

神社を下りて住宅地に出ると、木造の蔵が出てきました。実はこの蔵、下半分をよく見てみると、大きな長い板が張られているのがわかります。これは舟板の廃材だそうで、狩浜には使わなくなった舟板で造られた蔵がいくつか残っているそうです。海の塩分をたくさん吸収した舟板は腐りにくいため、建物の材に適しているんだとか。漁業の町ならではの知恵ですね。また、集落にはかつて養蚕を営んでいた頃の住宅も残っており、狩浜ではみかんが作られる前は段々畑で桑を栽培し、養蚕を生業にしていたそうです。地域の生業の変遷が見られる、貴重な資料です。

みかん畑は集落のすぐ後ろに広がっています。里コースの私たちも集落からほど近いみかん畑を視察させていただきました。中段左の写真で掲げられているのが、かつて桑畑だった頃の段々畑の写真です。いかに細やかに耕作をしてきたかがわかります。現在狩浜では36種類の柑橘が育てられているそうで、そのうち20種類以上をジュース等に加工しているとのこと!みかんジュースだけでそんなに種類があるとは知りませんでした。さて、なぜ狩浜でこんなにおいしいみかんが育つのか、そこには「3つの太陽」の力があると言います。1つ目は、空からのお日様の太陽。2つ目は海から照り返す太陽。そして3つ目が石灰岩です。石積みに使われている石灰岩が日中の太陽の熱を夜間も保温しているため、地面が冷えず美味しいみかんが育つんだそうです。こういった恵まれた環境があるからこそ、狩浜でみかん産業が発展してきたんですね。中段真ん中の写真に見えるこんもりした丘が、石灰岩を切り出していた石切り場だそうで、狩浜の石積みはこの石灰岩を使ってできています。白い石積みが何段にも連なる光景は本当に美しいです。
集落にはみかん倉庫があり、倉庫内には棚が設置されていました。この棚で収穫した伊予柑を3~4週間寝かせてから出荷するそうで、この地域独特の保管・出荷方法なんだそうです。また、ここでもご厚意でコンテナいっぱいの早生みかんをふるまっていただきました。早生みかんは酸っぱいイメージがありましたが、狩浜のみかんはどれを食べても甘い!3つの太陽の力、恐るべしです。

エクスカーション(松野町/奥内の棚田景観)

2日目のエクスカーションでは、宇和島市の遊子水荷浦の段畑をめぐるAコースと、松野町の奥内の棚田を巡るBコースが用意され、わたしたちはBコースに参加しました。松野町を流れる広見川は四万十川の支流であり、松野町も四万十川流域です。以前から交流のある松野町教育委員会の亀澤さん案内のもと、遊鶴羽地区の棚田を視察しました。当日はあいにくの大雨で、当初の予定では集落を巡りながら小学生が説明をしてくれる予定だったようですが、今回は急遽集会所にて棚田や川に生息する生き物や、森林の役割、石積みの特徴等、奥内集落について調べた学習の内容を発表してくれました。生徒たちは学習を通して、棚田と自然環境の関係や、石積みがもたらす環境へのメリットなどをきちんと理解しているようで、子どものうちからこういったことに気づいておくのは、とても大切だと感じました。

雨の中、徒歩で移動し遊鶴羽集落へ。道中にはたくさんのカンタロウやサワガニがいて、環境の豊かさが伺えました。集落に着くと、美しい棚田の風景がお出迎え。奥内の棚田の石積みは石のサイズも大きく、下段のほうの石積みは城壁のように高くせりあがっているものもあり、先人の技術の高さに驚きます。この地域の棚田の特徴は、ウラミゾと呼ばれる溝が作られていることで、沢からの冷たい水を利用して耕作しているこの地域では、水路から水を引く際に、一旦ウラミゾを通すことで水を温めてから田んぼに水を入れているんだそうです。こうすることで、お米の低温障害を防ぎ、美味しいお米が育つんだそう。厳しい条件の中で耕作を続けていくための知恵なんですね。
エクスカーションの翌日は「棚田まつり」という地域のイベントがあるそうで、棚田には蕎麦の花が揺れ、徳島県から借りてきたという案山子が飾られていました。棚田まつりの目玉イベントは、棚田の真ん中を通る農道を5キロの背負子を担いで走る「背負子レース」なんだとか。高齢者も多い地区だとは思いますが、なかなか元気なお祭りです。笑

「奥内の里保存会」会長の井上さんより、棚田の活用について説明をいただきました。奥内地域では、現在棚田オーナー制度も活用しながら耕作をしているとのことで、棚田米のブランド化もできており、地域で棚田を大切にしながらうまく活用できているとのことでした。また、田植え・稲刈り体験も実施している他、地元小学生の体験学習も受け入れているとのことで、少しでも棚田に関わってくれる人を増やそうという思いで活動しているとのことでした。高齢化はどの地域も抱えている課題だと思いますが、奥内の場合は保存会を発足し、ちゃんと実働し続けているのが素晴らしいなと感じます。地元の方々がいかに棚田に誇りを持ち、大切にしているかが伝わってきます。
また、この日もご厚意で棚田米を使ったおにぎりをふるまっていただきました。愛媛県のみなさん、太っ腹すぎます、、、!お米はシャキッとして、香りもよくとっても美味しかったです。本当にありがとうございました。

西予市・松野町どちらも農村が舞台であり、どちらも段々の農地で出来た風景を見ることができました。平地が少ない土地をいかに開拓しながら暮らしていくか、四万十川流域にも共通するものがあるなと感じました。どちらの地域も、しっかり住民団体ができており、柑橘ブランド、棚田米ブランドをしっかり作って地域経済の発展につなげている、とても明るい事例だったと思います。そこに文化的景観の価値がしっかり乗っかっているのも、素晴らしいなと感じました。これからも愛媛県との交流を続けながら、勉強させていただければと思います。
皆さんもぜひ西予市狩浜、松野町奥内を訪れてみてください。